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第20話
客間で日比が舟而と仕事の話をしている間、白帆は寝間で浴衣と足袋、舞扇を風呂敷に包んでいた。
「お帰りだよ」
舟而の声に、白帆は寝間から風呂敷包みを持って出た。
「ご苦労様でございました」
いつもと同じように玄関へ出て、靴べらを差し出し、帽子を渡す。
「では、また次の月曜日に伺います」
「日比君の期待に応えられるよう、執筆に励むよ」
舟而と日比が挨拶を交わしている下で、白帆は風呂敷包みを抱えて下駄を履いた。
「私、踊りのお稽古に行って参ります」
「もうそんな時間かい」
「今日はほかの方のお稽古も見て勉強したいんです」
白帆は舟而に頭を下げ、そのまま顔を上げずに玄関を出た。日比は玄関の外で白帆を待ち、追いついてきた白帆と歩調を合わせて歩く。
「白帆さんは踊りのお稽古ですか。どちらまで?」
「田原町 です」
「どんなお稽古をなさっているんですか。よろしければ取材させてください」
「私、今は人様にお見せできるような踊りができないんです」
嫌がる白帆に、日比は太陽の笑顔で強引にする。
「お稽古だから、当たり前でしょう。わたくしは白帆さんの、人間らしい、できないところが見たいです」
「では、師匠がいいとおっしゃったら」
日比は稽古場へ行くと、日日新報文化部の名刺を差し出して、丁寧に挨拶をした。
「銀杏白帆丈のお稽古の様子を取材させてください。舞台から離れている白帆丈の近況を知りたがっている人はたくさんいます。今の白帆丈をお知らせする記事を書きたいのです」
「よござんしょ。ただし稽古の邪魔はお断りです」
許しが出て、日比は稽古場の隅に控えて座った。
白帆の前に稽古していた二人の小さな子供が、膝の前に舞扇を一文字に置いて、三つ指をついて師匠へ挨拶をした。
「お稽古ありがとうございました」
師匠は頷いて、白帆を促した。
「白帆さん、どうぞ」
白帆はまっすぐに前を見て、胸をすっきりと開き、親指を内側に入れて着物を押さえるように、脚の付け根に近い場所へ手を置いて立つ。
「ほら、肘を張らないのよ」
言われて白帆は肘を軽く後ろに引く。それだけでも女性らしい立ち姿に見える。
三味線の音に合わせて、白帆は腰を落としたまますり足で歩き始め、かかとを中心に腰を回転させるように動きながら、首はイチ、ニ、サンという師匠の言葉に合わせ、左を見て、正面の斜め下を見て、首を傾げながら正面を見る。
三味線の音に合わせて身体を動かすが、白帆は苦しそうに顔を歪めていた。
一曲踊り終えて、白帆はおかっぱの髪を大きく振った。
「ちくしょうっ、垂れてこないっ!」
白帆は何度も、何度も、イチ、ニ、サンと声を掛け、左を見て、正面斜め下を見て、首を傾げながら正面を見る動きだけを繰り返す。
「もう一度お願い致します」
三味線の音に合わせて舞う白帆は苦しそうだが、浴衣姿で正座して見ている女の子たちは日比の隣で目を輝かせている。
「透き通ったお月様みたよで、きれいねぇ」
「腰から下と上が、全然違って動くの。伝法院 のお池の滝みたいに、いろんなほうへお着物が流れて見えんの、すてきよね」
日比は、子供の語彙もなかなか豊富だと思いつつ、踊り続ける白帆を見ていた。
「今日はご本のおじさんじゃないのね」
話しかけられているのが自分だと気づいて、日比は隣に座る女の子たちを見た。
「ご本のおじさんって、誰だい?」
「いつもチョッキのポッケに、白帆ちゃんのキャラメルが入ってるおじさん」
「ああ、ご本を書くおじさん、か」
ポケットの中身までは知らないが、おおよその想像はつく。
「おじさんという年齢ではないと思いたいが。わたくしがご本を書くお仕事をたくさんお願いしてあるから、先生はしばらく来ないと思うよ」
「ふうん。白帆ちゃんのお稽古を見れなくて可哀想ね」
「ああ、可哀想だな」
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