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第21話
「ご本のおじさんは『踊りのことは全然わからない』っていうから、いつも教えてあげんのよ。ね?」
「うん。お辞儀のときは左、右って小指で袖を払って、指先で身体の周りに、お砂に半円を描くみたいに指を膝の前まで滑らせて、三つ指つくのよって教えてあげたら、『きみたちは物知りだね』って言ってくれたの」
「でも、子供は嫌いなんだって。そんでね……」
牡丹模様の浴衣を着た子が、日比の耳元へ小さな口を寄せ、手で覆ってそっと話した。
「白帆ちゃんには内緒だけど、白帆ちゃんもすぐに泣いたり笑ったりで子供みたいだから大変なんだって」
桜模様の浴衣を着た女の子も、同じように日比の耳元へ口を寄せる。
「『でもおじさん、白帆ちゃんのこと好いてんでしょ』って言ったら……」
二人は揃って自分の唇の前に人差し指を立てた。
「『内緒』って!」
女の子たちは肩をぶつけあって、くすぐったそうに笑う。
「お静かになさいっ!」
声が飛んできて、女の子たちは取っ掴まった亀のように首を竦めて大人しくなった。
稽古場を出た白帆は深いため息をついた。
「お見苦しいところをお見せしました」
そう呟く唇の色は冴えず、頬は白っぽかった。
「わたくしには、何がよくなかったのかわかりませんでした。女の子たちも『きれいね』、『すてきよね』と言っていましたよ」
白帆ははにかんで笑ったが、おかっぱの頭を左右に振った。
「全然ダメです。私だけの感じ方らしいですが、頭から白蜜が垂れるよに踊れないと」
「白蜜ですか」
「『甘い物好き、ここに極まれり』と先生には笑われました」
白帆は肩を竦めて笑う。
「ええ、何と申しますか、ご立派です」
日比はおどけて、小さく頭を垂れた。
「でも、今はそれができなくって。声もダメで、女踊りもダメで、八方塞がりです」
白帆は肩を落として、うなだれた。
伝法院の庭で、傾斜のなだらかな滝を見た。
稽古場で女の子が言っていた通り、滝の水は右に左に折れて流れ、腰を落として舞う白帆の姿に似ていた。
「白帆さんの舞姿は、あの滝のようだと女の子は言っていました」
「水のように自由に舞うことができたら、どんなにかいいでしょうね」
白帆は胸に詰めていた空気をほうっと吐き出した。
「白帆さんならできますよ。とても美しかったですよ」
白帆は木漏れ日を映して光る滝を見ながら、再び小さく首を左右に振って、おかっぱ頭の黒髪を揺らした。
「心も身体も硬くてダメです。私、女になりたいんですけど。先生の頭の隅に置かれっぱなし、そのまま忘れられちまったみたいです」
「女になりたいって、どういうことですか?」
日比は白帆の背に手を当てながら、ぽつぽつと紡がれる白帆の話に丁寧に耳を傾けた。
「なるほど、そういうことだったんですね。お話しくださってありがとうございます」
銀縁眼鏡の目を細めて白帆の髪を撫で、それから思案顔になって言葉を続けた。
「白帆さんには酷かも知れませんが、先生が白帆さんを女にするのは無理だとわたくしは思います。……だって、先生にはお夏さんという方がいらっしゃいますから」
白帆は目を丸くしてから笑った。
「日比さん、それは違いますよ。先生とお夏さんは同郷で、姉弟みたよなものなのですって」
今度は日比が銀縁眼鏡の奥の目を丸くして、明るく話す白帆の顔を見た。
「白帆さん、そんな説明を信じていらっしゃるんですか?」
「え、違うんですか」
白帆の瞳が小さく震えた。
「どう見たって、あの二人は夫婦じゃないですか」
日比はきっぱりと言い切った。
「ふっ、夫婦……」
白帆は自分の心が塩を振りかけられたように萎れていくのを感じた。
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