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第29話

「はあっ、先生……」 「ああ、白帆」  二人はしばし抱き合って過ごしたが、次第に白帆の内壁が切なげに舟而に絡み始めて、舟而は少しずつ二人のかなめを揺すり始めた。 「あっ、あっ、あっ、せんせ……っ」  白帆は揺れるたびに湧き上がる甘い感覚に声を上げ、舟而の首にしがみついて耐える。その健気な姿にもまた煽られた。 「ああっ、白帆。白帆っ」  白帆の黒髪を撫でながら、舟而は律動を強く早くしていった。二人の視界はぼやけ、互いの肌の感触だけが皮膚を伝う。冷えた身体に湯が沁みるように全身へ快楽が伝播して、二人はその強い痺れに抱き合って耐えた。白帆はぎこちなく腰をゆらめかせて喘ぐ。 「先生っ、もう……、もう……っ」 「おいで、白帆。僕もじきだっ」  白帆はつなぎ目から噴き上がるような熱を感じてはじけた。  舟而も限界を超え、奥歯を食いしばりながら咆哮し、白帆の最奥へ己を解き放った。  しばし白い霧の中で浮遊感を味わって、ゆっくり目を開けると、腕の中の白帆は汗ばんだ頬に黒髪を貼りつけ、力なく目を閉じていた。 「大丈夫かい、白帆」  湿った髪をゆっくりと手櫛で梳きながら、舟而は白帆のこめかみに接吻する。 「はい。あらしの海に浮かぶ舟の上にいたよな心地でした」 「怖かったかい」 「いいえ。先生と一緒でしたから」  舟而は表情を緩め、白帆を改めて抱き締めて、額や目蓋や頬や鼻の頭や唇や顎に、雨を降らせるように接吻した。  白帆はゆらりと微笑んで、そのまま海の底へ引き込まれるように眠り、心地よく目覚めたら朝になっていた。  隣では舟而が薄く唇を開き、深い寝息を立てている。  白帆の身体には、まだ舟而の感触が熾火のように残っていた。 「本当に結ばれちゃった」  白帆は頬を両手で挟み、俯いた。 「いけない。悟られないように、きちんとしなくちゃ」  白帆は目覚ましを見ると、名残惜しみつつ布団から抜け出て、手水を使い、固く衿を合わせて身支度を始めた。  舟而が目覚めたとき、部屋の中には化粧石鹸の香りが漂い、白帆は鏡に向かっておかっぱの黒髪を柘植の櫛で丹念に梳いていた。昨日抱いた腰には角帯があり、後ろで堅く貝の口に結ばれていて、その健気な一生懸命さに舟而の片頬が上がる。  角帯の腰に腕を絡め、背中にのしかかって、耳に寝ぼけた声を掛けた。 「おはよう、白帆」 「お、おはようございます」  鏡越しに映る舟而はまだ眠たげな目をしたまま、白帆の肩に顎を乗せ、唇を突き出した。 「初めての朝なのに、後朝(きぬぎぬ)の文も書かずに出て行くのかい?」 「ええっ、現代でもお手紙が必要なんですか。私、歌なんて詠めませんけど」  白帆が目を丸くして振り返ると、舟而は目を弓形に細めた。 「冗談だよ。現代の後朝の文はこれでいい」  舟而は白帆の唇に自分の唇を触れさせた。  そのまま舟而は白帆を腕の中へ攫って、胸に頬を押しつけさせ、梳いたばかりの黒髪に頬ずりをした。白帆も肩の力を緩め、そのまま甘えてくるかと思ったとき、土間から朝餉の仕度をする物音が聞こえて、白帆は勢いよく顔を上げた。 「朝ごはんの仕度しなくちゃ!」  白帆の頭蓋骨が舟而の顎を強かに打って、舟而は顎を押さえて仰け反る。 「あ、先生!」 「睦まじくしているときに、急に動くなよ」 「すみません。手拭い濡らしてきます」 「大したことはないから、手拭いはいらないよ。お夏を手伝っておいで」  白帆は改めて、柘植の櫛で髪全体を手早く梳くと、舟而の頬にふわりと接吻して、土間へ出て行った。 「お夏さん、おはようございます!」  白帆の声はまだ掠れているが、迷いのない明るい調子だった。  その声を聴き、舟而は鏡に映る自分に向かって、うんうんと頷いた。

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