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第30話
空は雲一つなく晴れていて、朝食を終えた白帆は洗濯に勤しんだ。
二人が肌を重ねた敷布、脱ぎ捨てた寝間着、解いた下帯。
舟而は汗で湿った布団を縁側に広げて陽に晒し、そのまま縁側に腰掛けて、白帆の洗濯を眺める。
「先生、お散歩はよろしいんですか」
「白帆の洗濯が終わったら、一緒に行こう」
「かしこまりました」
洗濯物を干し竿に掛けて高く掲げると、昨夜のことが白昼堂々、万国旗のようにはためいた。
白帆は頬を赤らめて俯き、舟而はそのおかっぱ頭をぽんぽんと撫でる。
「眺めていても照れくさいだけだから、さっさと逃げ出そう。お前さんの下駄を買いに行くよ」
多くの人が行き交う吾妻橋を渡って浅草へ行き、舟而は白帆に言った。
「お前さんの贔屓の店へ連れて行っておくれ」
白帆は浅草寺の裏手にある間口の小さな店へ行く。
「ごめんくださいまし。こないだはありがとござんした」
店の名前が入った半纏を着た初老の男性が笑顔を見せた。
「白帆丈 、今日はどんな御用向きで」
「新しい駒下駄を一足、誂えたいんです。せっかく歯継ぎして頂いたのに、大川に流しちまって」
「おやおや、流れたのが片っぽなら良縁に恵まれますよ。両方ならよい厄祓いだ」
慰めを口にしつつ、白帆の好みと足の大きさといつもの予算をしっかり覚えていて、候補の台を並べてくれた。
白帆はいつも細身の台の表に等間隔の柾目の板を貼り付けた貼柾 を使っているので、今日も細身の貼柾の台が並び、お愛想に一つ二つ目の間隔が広い本柾も見せてくれる。
「旦那、もっと目の詰まった繁柾 はありますか」
舟而が口を出した。
「ございますよ」
「ひとつ、履かせてやりたいように思うんです。見立ててやってください」
舟而の言葉に、店の旦那は棚を調べ、一組の台を持ち出した。
「こちらはいかがでしょう。左右くっつけたときに木目が合う、合目 ってやつです」
白帆は手に受けて、縦にすんなり流れている木目が左右連続している様子を見た。
「同じところから左右まとめて材をとったってことですか?」
「そうです。これだけ目の詰まった等間隔の繁柾を左右一緒に切り出すのはなかなか難しいですよ」
「頃合いだね。これに鼻緒をすげてもらいなさい」
舟而の一言で台が決まった。
「鼻緒はいかがいたしましょうか。ずっと本天 でしたけども……」
「肌あたりがいいから、やっぱり本天がいいな」
いくつもの箱を棚から持ち出し、台の上に乗せ、白帆の足の甲にも重ねてみて、旦那は強く瞬きをした。
「おや。何かいいことでもあったんですか。ぽやぽやした天鵞絨 なんかじゃ野暮ったいように見えてダメですね」
店の主人は白い鹿革に紺色の漆で蜻蛉(とんぼ)模様を置いた印伝の鼻緒を取り出した。
「印伝? そんなの!」
「いいじゃないか、白帆。勧めてくださってるんだから、合わせてご覧」
「ほら、丈のすんなりした足にぴったりだ。大人になりましたね」
鼻緒をすげてもらって履くと、足元から百合の花の香りが立ち上るような色気があった。
新しい下駄を早速履いて、白帆は飛び跳ねるように歩く。
「軽くて、あたりが柔らかいのにしっかりしてて、歩くのが楽しいです!」
舟而が揺れるおかっぱ頭の上に手をかざすと、白帆はまるで舟而の手の下で跳ねる手毬のようだった。
白帆もわかって、舟而の手のひらに自分の頭が触れるよう、一歩ごとに伸びあがって歩く。
「そんなに飛び跳ねて、身体は痛くないのか」
「痛くはないんですけど」
舟而の耳を両手で覆い、白帆はそっと言った。
「先生の形が身体の中に残っているよな気がして、ほんとは少しだけ歩きにくいです」
舟而は耳を赤くして笑うと、白帆に背を向けてしゃがんだ。
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