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第64話
その後は、互いの仕事の話、同人で一緒だった人たちの消息、小説とは何か、脚本で描くべき人の姿とは、など真面目な話も存分にしたのだが、白帆から漂ってくる冷気が収まることはなかった。
「では、そろそろ」
「自宅も近くなったし、遊びに来給えよ。白帆丈もぜひ一緒に」
カフェーを出て一町ほど黙って歩いてから、舟而はそっと白帆の横顔を見た。
「ええと、白帆さん……?」
「先生、私は今、とってもアイスクリームが食べたいですっ」
「そ、そうですか。どうぞ、好きなだけ召し上がってください」
「いただきますっ!!」
硝子 の器に盛りつけられたアイスクリームの真ん中に銀の匙を突き立て、いきなり半分ほども削り取ると、大きく開けた口の中へいっぺんに押し込んだ。
「白帆さん、頬張りすぎでは……」
舟而は口の端の溶けたアイスクリームを指で掬い取って、自分の舌で舐めたが、白帆は舟而を無視した。
白帆は腹を空かせた仔猫のようにがつがつとアイスクリームを食べ、口の中のアイスクリームを飲み込むと、女給を呼び止めた。
「アイスクリームください! 三つ!」
寝間に吊った蚊帳の内側で、布団はいつも通りにぴたりとくっつけられていた。
夕食のコロッケは肉屋で買ったが、わざわざ揚げ直して熱いものを食べさせてくれたし、風呂も一緒に入って、互いの背中も流し合った。
「でも、あれはまだ怒ってるな……。顔も強張っていたし、口数も少なかった」
白帆が隣の部屋でヘチマ水やバニシングクリームを使って肌を整えている間、舟而は布団に仰向けに寝て、白帆が丁寧に繕った蚊帳の破れ目の跡を見上げつつ、思案する。
「今更、なかったことにもできないし、許しを乞うくらいしか……。着物か、三つ揃いかな。ああ、紺色の三つ揃いがいいかも知れない。イタリーの生地で仕立てたら、白帆の白い肌にもよく似合うだろう。靴はわざと茶色を履かせてみるのも面白い。……でも、白帆が好きな縞の着物も。玉縞なんか着せたら粋で似合うだろうな」
買い物の目的を忘れて、人形の衣服を着せ替えて遊ぶような楽しさで想像を巡らせていたら、襖が開いた。
蚊帳の中へ入ってくる寝間着姿の白帆の右手には、何か光るものが見えた。
白帆は黒髪をさらりと揺らし、切れ長の目を細める。
「お覚悟なさいまし」
「南無三」
白帆は舟而の枕元に正座すると、ぎらりと光る物を舟而の眼前に突き出した。
「ご覧なさいまし。当代一の色男の顔にございます」
それは銀細工を施した白帆の手鏡で、今は舟而の顔が映っていた。
「よくよく鏡の中のお顔をご覧ください。これが先生のお顔です。先生はこういうお顔をなさってらっしゃるんです」
「ああ、うん」
「周りがのぼせるのは仕方ありませんから、あとは先生のお気持ち一つです」
「どういう意味だい?」
「後生ですから、私以外の人がのぼせても、構わないでくださいまし」
「お前さんは、僕にのぼせているのかい?」
「もちろんでございましょ! 月を見ても、朝顔を見ても、私はいつだって先生のことをっ」
その声は涙で上擦り始め、舟而は慌てて起き上がって白帆を抱き締めた。
「ごめん。お前さんを泣かせるつもりはなかった。過去は変えられないが、お前さんと出会ってからは、僕はお前さん一筋だ」
「わかってます。…………でも、でも、びっくりしちまったんです。何となくそうかも知れないって思っているのと、実際にそうだったと話に聞くのでは、雲泥の差でした」
すん、すん、と洟を啜って肩をしゃくりあげる白帆の黒髪に、舟而は頬を擦りつけた。
「ああ、ごめん。僕が悪かった。泣かないでくれ、僕はお前さんに泣かれると弱いんだ」
真珠色の頬を滑る涙を唇で吸い、黒髪を撫で、背中を擦り、顔を覗き込み、頬を親指で拭って、また胸に抱いた。
「私があと十年早く生まれていたら、生まれるなり先生のところへ馳せ参じて、ずっとずっとお側に……」
舟而は白帆をさらにきつく抱いた。
「そんな無茶を言わなくても、僕が死ぬまでの時間は、全部お前さんのものだよ。お前さんが喜んでくれるかどうかはわからないけど」
「先生っ!」
倒れ込んできた白帆の寝間着の膝が割れて、真珠色の内腿が舟而の目に飛び込んでき、布団の上に投げ出されていた銀細工の手鏡を見た。
「おいで、白帆」
舟而は白帆の寝間着の裾を捲り上げ、下帯を除けて、荒っぽく香油をまぶした自分の屹立の上へ座らせた。
「ひやあっ!」
衝撃に白帆はきつく目を閉じて天井を振り仰いだ。
「離れているから心配になるんだ。ほら、見てご覧。こんなにしっかりつながっている」
舟而は二人の繋ぎ目を手鏡で映した。白帆の蕾は目一杯開かれて、張りつめた舟而の身体が根元まで埋もれていた。
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