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第65話
「見えるかい、白帆。僕たちはこんなにしっかりしているじゃないか。何も不安に思うことはないし、怖がることもないんだ」
「あっ、はあんっ」
白帆は顎を上げ、目を閉じて身体を震わせていた。
「見なさい、白帆」
先生のように厳しい口調で促すと、ようやく白帆は俯いた。
「わかるかい」
「は、はい……。恥ずかしいっ」
顔を背けようとするのを、手で頭を掴んでしっかり見せながら、繋ぎ目を揺らした。
「はっ、ああっ。先生……っ」
「僕とお前さんは、一蓮托生なんだろう? お前さんが言い出したんじゃないか」
白帆は自らも腰を揺らし、赤い口を薄く開いて呼吸を荒げて、切なげな顔をしながら鏡を見ていた。
「ンっ、はあっ。……私、先生と一緒にいるんですね」
白帆の粘膜が蠢き、舟而に絡みについた。
「ああ。僕はお前さんのものだ。もっともっと飲み込んでおくれ」
舟而は白帆を抱え、一層心地よい場所を探りながら腰を揺らし、探り当ててからは本能のままに身体を揺すり、繋ぎ目から全身へ駆け巡る甘い快楽に呻いて、目を閉じて白帆の肩に額を押しつけた。
「ああ、お前さんに溺れてしまいそうだよ」
「溺れてくださいっ、ほかの人なんか見ないで」
「当たり前だろう」
舟而は片頬を上げると、白帆の中へ思いの丈を放った。
強く突き上げられて、白帆もまた意識を白い闇に中へ投じた。
白帆は頬に黒髪を貼り付け、赤い唇を薄く開けて眠っていた。
舟而は同じ枕にそっと頭を乗せると、手鏡で二人の顔を映してみた。
「うん。なかなか似合いの二人じゃないか」
***
東京が揺れたのは、それから間もなくのことだった。
浅草一帯は火の海に包まれ、銀杏座と躍進座の芝居小屋はいずれも手立てなく、翌未明に焼失した。
白帆と舟而、銀杏家の人々は休日で、上野松木町の家にいて難を逃れた。
舟而は白帆と浅草公園六区へ活動写真を観に行くつもりが、珍しいことに約束を過ぎても小説の最後の場面が決まり切らず、神田神保町 の自分の出版社から原稿を取りに来た日比が見張る前で、髪の毛を掴みながらうんうんと唸ってい、白帆は日比からもらった亀沢堂のどら焼きを頬張っていた。
白帆の父と躍進座の親方は、こめかみから汗を垂らし、生温い風を気味が悪いと言い合いながら、扇子で風を送りつつ、銀杏家の客間で将棋を指していた。
長兄と次兄は贔屓に招かれて上野広小路へ食事へ出かける途中で仔猫を拾い、助ける、助けないと兄弟喧嘩をした挙げ句、その仔猫を抱えて帰ってきて、門人たちに仔猫を預けて急いで出掛けるはずが、仔猫が次兄の腕に盛大なひっかき傷をつけ、さらには長兄の着物に排泄物をべったりとくっつけたので、すぐには出掛けられなかった。
門人たちは、小さな仔猫のために湯を沸かし、目やにを拭き取り、傷を調べ、排泄を促し、ミルクを飲ませ、全身を温湯で洗ってやって、ボロ布で全身を拭きながら抱いて温めてやり、納戸を引っ掻き回して木箱を用意し、首輪にするための小布を探し、名前を考え、寄り集まって大騒ぎをしていた。
それで助かった。偶然がいくつも重なった幸いだった。
しかし急速に復興が進み、芝居小屋を再建するかどうかの判断が迫られる時期になると、躍進座は早々に解散と決まった。
銀杏座も父親は隠居を決め、長兄に指揮が委ねられていて、再建の道を模索してはいたが難航している様子だった。
「どこも復興、復興で、資金も材料も工面が難しいんだそうです。東京を離れる者も多くて、人手も足りませんし。躍進座の親方もいい加減に歳だから、これを機に隠居したいって」
胡蘿葡 と蒟蒻の煮付と林巻大根を、三人分ずつちゃぶ台へ並べながら、白帆は話した。
「そうですか。座元がそうご決断なされたのなら、仕方がありませんね」
下宿を焼け出され、身を寄せている日比が、三つの茶碗に麦飯をよそいながら頷いた。
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