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第83話

「あーら、えっさっさーっ!」  牛牛会の法被を着た男が、尻っ端折りをして、凧糸を通した五銭銅貨を鼻に押し付け、豆絞りの手拭いをほっかむりして、見事などじょう掬いを演じる。  掬ったどじょうが逃げるのを追いかけるかのように、ゆらゆらと前後左右に上手く笊を動かして、牛牛会も銀杏家も関係なく、皆でやんややんやと手を叩き、隣の者と肩を揺さぶり合って笑い、合いの手を入れて囃し立てる。 「やあ、見上げたものですね」  所狭しと料理が並ぶ膳を前に、牛牛会の男の酌を受けながら、日比は銀縁眼鏡の奥の目を細める。 「この状況に馴染んでいる、日比君のほうが見上げたもんだよ」  舟而も、どうもと小さく会釈しながら酒を注いでもらいつつ、懐中時計を見た。 「なーに、時計なんか見ちゃってんの。先生ったら、ホントに野暮天ねぇ! あたしが踊るんだから、見てなさいよっ!」  手のひらの形がわかるほど強く背中を叩かれて、舟而はどじょう掬いのように盃を動かして酒が零れるのを防いだ。  次兄は宴席の真ん中にすらりと立つ。  三味線を構えた門人は三下(さんさ)がりに調弦すると、ヤァッっと掛け声を発し、同時に軽快な太鼓と賑やかな三味線の音楽が始まり、「目出た、目出た~ァ」と唄われて、次兄は舞扇をひらりひらりと動かしながら、江戸っ子らしいきっかりとした踊りを踊り始める。 「そういえば、ちい兄さんの踊りを見るのは初めてだ。さすがだな」 「おしとやかな京都とは違う、粋な踊りですね」  日比の言葉に、舟而はその横顔を見た。 「京都の踊りも知っているのかい」 「まあ、学生時代には、そういうこともあったんじゃないでしょうかね」 「僕より日比君のほうが、よほど槍玉に挙げられるに相応しそうだね」 「先生と違って、わたくしはきれいに後始末を致します」 「どうせ僕は野暮天だよ」  踊りが終わって、今度こそと立ち上がると、そのまま門人に手を引かれて、座敷の真ん中に座らされ、三味線が金毘羅船舟(こんぴらふねふね)と始める。  脇息の上に酒徳利の袴を置いて、牛牛会の毬栗男の相手をさせられた。 「金毘羅船舟、追風(おいて)に帆かけて、シュラシュシュシュー!」  脇息の上に袴があるときは指先を伸ばして、ないときは拳にして手を乗せなくてはいけない、というだけの遊びだが、三味線の調子が早くなって、飲んだ酒も頭を回り始めると、この単純な遊びでもミスが出る。 「いちど まわれば、こんぴら……」 「あっ!」  毬栗男が袴を脇息の上に置いて手を離したのに、うっかりと誘われた。すぐに袴は取り除けられて、舟而は何もない脇息の上に拳を置いてしまい、見ていた人たちに囃される。 「さぁさ、先生、お仕置きですよ!」  大振りの盃になみなみと酒を注がれ、手拍子に囃されながら一息に呷った。  盃を空にすると賑やかな拍手が起きて、舟而は苦笑する。 「では、僕はこれで」  立ち上がって部屋を出ようとするのを、今度は長兄に手首を掴まれ、再び脇息の前に座らされた。 「先生、お手合わせ願おう」  こんぴらふねふね、と手を動かし、三味線の調子が変わっても二人は根気よくついて行って、互角の戦いは見ている者たちが尻を浮かせるほどに長く続いた。  舟而が袴を取る振りで取らず、引っかかりそうになった長兄がすんでの所で指先を伸ばし、歓声が上がって舟而の集中力が切れたところを逃さず、長兄が袴を奪い、舟而はうっかりして指先を伸ばしたまま脇息を触ってしまって勝負がついた。 「しまった! 悔しいな」  長兄に笑顔で酒を注がれ、素直に飲んで、舟而も笑った。

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