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第87話
少年がしたように両腕を背中に回して手首を重ねると、縄が巻き付く。くいっと上へ引き上げられて、背中へくっつけるように縄が胸の上へ回され、下にも回され、固定された。
「痺れはありませんか」
「はい、大丈夫です」
「吊るしもやってみましょう」
「吊るしって何ですか」
「まずは右足をお借りできますか」
純白の襦袢の裾を捲られて、真珠色の右の太腿、膝に近いあたりへ縄を掛ける。その縄尻を欄間の隙間へ通して引っ張ると、白帆の太腿の付け根と膝が直角になって、右足が浮いた。
「わあっ」
「大丈夫ですから、怖がらずに後手縄に身体を預けてください」
そう言って背中を押され、白帆は胸の前を通る縄へ倒れ込むように体重をかけると、身体が浮いた。
「ひゃあっ」
持ち上がっている右足は膝で曲げられ、ひざ下と膝上を束ねるように括られた。
「面白うございましょう? 次に左の足も挙げて行きます。右足を正座するように曲げていますから、血流が長時間阻害されないように、左足はすぐにやる必要があります」
左は足首の上あたりに縄が掛かって、そのままぐうっと、つま先が鴨居に触れそうなほど高く引き上げられる。
襦袢の裾は腿の付け根まで捲れ上がり、皮膚の深い場所から光る真珠色の肌を持つ脚が見事に露わになった。
「左右の足が非対称なのもかっこいいですね」
「そういうもの、なんですか?」
肩をついっと押されると、欄間の下で白帆の身体はくるくると回転した。
「わあ、面白い!」
もう一度、肩を押してくれて回る景色を楽しんでいたとき、階下でたくさんの足音と、耳に慣れた声がした。
「白帆はどこだい! 白帆っ! 白帆っ! 返事をしなさい!」
「はーい! 先生、ここでございます。お二階でございますよぅ!」
白帆はゆらゆら揺れながら笑顔で答えた。
階段をほんの数歩で駆け上がってくる音がして、強い音と共に襖が開けられた。
「おや、舟而君。ずいぶんおっかない顔をしてるね。ああ、怖い、怖い。せっかく緊縛ショウの最中だったのに。きみは本当に野暮天だねェ」
森多は顔を横に振ってベロベロバーと舌を出して見せる。
「緊縛ショウ? ……って、おい、白帆っ?!」
真珠色の肌を太腿まで露わに、左足を高く掲げ、右膝を折って横へ張り出して、両手を背中の後ろで縛られながら、純白の長襦袢姿で鴨居から吊り下がっている白帆の姿に、舟而は目を見開いた。
「先生、ご苦労様でございます。手土産は見つかりましたか」
明るい声に、舟而は息を吹き返して駆け寄る。白帆は舟而を見て満面の笑みを浮かべていた。
「え、ええと。お前さん、ずいぶんと……、その何というか、ご機嫌だけれども。どうしたんだい?」
白帆はゆらゆら揺れながら、切れ長の目を細める。
「縄師さんにしていただきました。くるくる回って面白うございますよ」
「面白い、の、かい?」
「ええ。しかも気を使って縄を揃えて括って下さいましたから、きれいでしょう?」
舟而は白帆の全身を改めて見まわす。ついでに肩を押してくるりと回し、縄が食い込む真珠色の肌を鑑賞する間、白帆はまた楽しそうな笑い声を立てる。
「きゃはは、面白ーい!」
「うーん……。きれいと言えば、まあとてもきれいなんだ……、本来なら耽美とすら言えるはずなんだけれども……。何だろうね、ここまで雰囲気がないというのも、ある種の才能かね」
舟而に続いて部屋へ入って来た日比は、ためらいもなく白帆へ歩み寄ってくると、白帆を縛る縄を指先で掻き分けながら検分した。
「回した縄を一度背骨の紐に絡めてから、次へ渡す。張力を調整する縄は脇の下から通す。ふむ。なるほど。白帆さんは丁寧な縄師に縛ってもらいましたね。よかったです」
「日比君、見てわかるのかい?」
「ええ。特に足首の上の余った縄の処理。ここまで美しさにこだわっているのは特徴的です」
話しながら、日比は結び目を目ざとく見つけ、縛り上げた順番を見抜いて、十本近い縄をするすると白帆の身体から外していく。解く縄の縄尻が白帆の顔を打たないように配慮する余裕まであった。
最後の後手縄が外れるとすぐ、舟而は紬の着物で白帆の身体を包み込んでやる。着物の中で、白帆はほうっと息を吐いた。
「ああ、とても楽しゅうござんした。先生もなさってみたらいかがですか。面白うございますよ」
黒髪を揺らして笑う白帆の頭を、舟而はぽんぽんと撫でて苦笑した。
「僕は遠慮しておくよ。とにかく早く着物を着なさい」
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