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恋_10
人がいない道に溶けていく言葉を浅井は透かさず拾い上げた。
「嫌だ。俺は篠原が良いんだもん」
「そこまで良い男かね、俺って」
「少なくとも俺にとってはそう」
随分ハッキリ言ってくれる。
「そりゃどうも」と口にしながら、やっぱり勿体ないなと内心溢した。
「て言うかさ、見守る愛とか本当にそれで良いわけ?そんなんさ、想ってるだけで満足とかさ……男なら触りたいとか思うじゃん?」
男なら、ね。
「じゃあお前も俺に触りたいとか思うんだ?キスしたり、そういう事。もしかして俺のことオカズにしてたり――」
ほんの少しの出来心、ちょっと揶揄うつもりだった。
「……っ……そ、れは……」
だから羞恥心なんてまるで持っていないと思っていた浅井が、まさかこんな風に顔を真っ赤にするなんて思ってなくて。
「……するよ、好きだもん」
不覚にも鼓動が一つ大きく鳴った。
「……するのか…………」
「良いじゃん。本物に触れないんだから想像ぐらいしたってさ」
べつにまだ何も言ってなのに。
「篠原だって、どうせ水野でヌいてるんだろ?」
「それは……まあ……たまに……」
気不味くて逸らした視界の端で、微かに浅井の肩が跳ねた気がした。
「――じゃあ良いじゃん!あ、それとも俺の妄想の中の篠原聞く?聞いちゃう?」
戻した視界に映るのはいつもの浅井で、さっきまで見ていた浅井は見間違いだったんじゃないかとさえ思える。
「いや、遠慮しとく」
「えー、語る準備は万全なのに。あ、ここまでで良いよ。この角曲がったら直ぐだから」
「え、ああ……」
「えへへ、送ってもらえて嬉しかった、ありがと。おやすみ、大好き」
「……ああ、おやすみ」
歩いていく背中を少しだけ見送って、俺も来た道を辿る。
四年間も一緒に居て、まだ知らない表情 があるなんて思いもしなかった。勝手に知ってるつもりになっていた。
「…………可愛い表情 も出来んだな」
尚更……勿体ねぇよ、俺になんか。
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