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恋_31
微かに肩口が反応して、「えへへ…」なんていつもの笑い声が聞こえてくる。
「篠原からおめでとう貰っちゃった。過去最高の誕生日」
やっと上げてくれた顔は幸せそうに笑って俺を見た。
「……………」
「へへ、ありがとう」
たった一言。
俺なんかのたった一言で、そんなに嬉しそうに笑うのか……。
「……つーか、もっと早く教えろよな。去年も一昨年もチャンスあっただろ。まあ訊かなかった俺も悪いけど……」
「去年とか一昨年は普通に平日だったし、こんなふうに一緒に出掛けられると思ってなかったから。それに……教えて忘れられるのって一番しんどいからさ」
膝の上で組んだ腕に頬を寄せて、浅井は目を伏せる。
「でも今年は欲張っちゃった。だって誕生日にデートなんてさ、もしかしたら………もしかしたらもう一生ないかもしれないし」
「………………」
「て事で俺の誕生日を知ってしまったからには、毎年お祝い宜しく」
「………これだけ印象付けられたら忘れたくても忘れられねーって」
「だろー?」
作戦勝ちだと得意げに浅井が立ち上がったので、俺もそれに倣うように膝を伸ばした。
「……浅井、俺も楽しかった。ちゃんと楽しかったから」
「………………。当然!だって俺のエスコートだし?ガイドブックの読み込みは完璧だったもん」
誇らしげに胸を張る姿に、また一つ胸が痛んだ。
何度も見たであろうページには開き癖が付いてて、付箋だって色とりどりで。絶対全部回りきれてないし。
こんな短期間でボロボロにするほど読み込んで、どれほど楽しみにしてくれていたのか伝わらないほど馬鹿じゃないんだよ、俺も。
「……それから俺は智が好きだ。昔からずっとアイツだけが好きで、智以外好きになるはずないって……初めから浅井の告白にも目を逸らして、ちゃんと向き合えてなかった。ごめん」
「………………べっつにー、篠原が水野を好きな事なんて百も承知だし。知ってて好きになったし、今更そんな事言わなくたって分かってますよーぉだ!」
短い赤い舌が姿を垣間見せて、おまけに「ばーか!」とまで罵声が飛んでくる。
「浅井、話はまだ終わってな――」
「――はいはい、終わり終わり。好きになれないから諦めろって言うんでしょ。でも俺も言った、絶対諦めないって。諦めてほしかったら、誰かさんとの幸せを見せつけてくれればそれで――」
「――そうじゃなくて!」
自分でも驚くほど声が荒がった。浅井は肩を竦めたまま俺を凝視して固まった。
「……そうじゃない。俺が言いたいのは…」
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