52 / 139
運命_20
side α
長年想いを寄せた相手に想い人が出来たらしい。
自分の想いを告げないと決めた時から、いつか来るその瞬間を覚悟していた。
大丈夫、大丈夫だ。俺は笑ってアイツの幸せを願ってやれる。そう思っていたのに…。
のし掛かってくる現実は深く深く胸を抉った。
抉られた胸にはポカンと穴が開いたようで、そこに埋まっていく寂しさ。
覚悟を決めてきたのだから、せめて涙には変えない。
飲み込んで自分の中で消化していくだけ。そんな恋だと、そんな恋でいいんだと自分で決めたんだから。
それなのに、浅井は俺の為に泣いた。
俺を好きだと言うくせに、浅井は大粒の涙を落して泣いた。
開いた胸に埋まったのは寂しさと、それから………。
「……………な、何?」
講義中だからか浅井は声を潜めて俺に問う。
「んー……字、綺麗だなって」
「え、あ、うん……昔習字習ってたから……」
「ふーん……」
ノートに綴られた文字は達筆で、ペンを走らせる動作も綺麗だ。
と言うか、こう改めて見ると全体的に姿勢がいい。
猫背気味の俺から言わせれば痛くないのかと訊きたくなるほど背筋が真っ直ぐだ。
「……あのさ、その、あんまりこっち見ないで……」
「自分は見るくせに?」
「俺が見るのはいいの!見られるのは、何か……だめ」
浅井に目を向けるようになって、いくつか気付いたことがある。
これもその中の一つだが、浅井は一定時間以上俺と目を合わせない。
「……今日バイト休みになんだけどさ」
「え!珍しい、金曜なのに」
「来週シフト代わったから、代休」
「あ、なるほど」
「そ。で、暇な訳なんですけどどっか遊び行きませんか?」
「え!?行く!超行く!絶対行く!!」
背けられていた横顔が、途端に目を輝かせて俺へと詰め寄る。
すぐに講義台の方から「そこ、うるさいぞ」と注意喚起が飛んできて、浅井は慌てて口を噤んだ。
「……ばか」
「えへへ、つい……」
怒られたというのに浅井は楽しそうだ。
「えへへ、篠原から誘ってもらえた。幸せ。どこ行く?」
「……浅井の行きたいとこでいいよ。まあ、言うほど遠出出来ないけどな」
「俺の行きたい所……どこでもいいの?」
「いいよ」
「本当?どこでも?」
「?ああ、行けるとこなら……」
「じ、じゃあ…………篠原ん家行ってみたい……とか思ったり……」
ともだちにシェアしよう!