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運命_26

浅井が一歩後退れば俺は一歩踏み込む。 「妄想の俺は浅井にどんな事してんの?」 「え、あ、ぅ…、それは…その……」 「何だよ、そんなにヤラシイ事してるんだ?」 言うほど広い部屋じゃない。 だから浅井の背中が壁にぶつかるのも、そうそう時間の掛かることじゃなかった。 「ほら、もう逃げられないぞ。観念しろ」 「ぁ……う……何でそんな…急に………」 「ちゃんと向き合うって言ったろ」 「そうだけど……」 「お前のこともっと色々知りたいんだよ」 ここ数日気付いた事はいくつかある。 四年間、どれだけの事を取り溢してきたのか痛感するには十分だった。 「浅井はどんなヤラシイ妄想してたんだ?」 「う、ぇ……手繋いだり………」 「…手?」 「あとぎゅってしたりとか……」 「とか?」 「き、キスとか………したり、しなかったり………」 消え入りそうな声音に思わず口元が緩んだ。 「ふっ、何だそれ。どっちだよ。どんなキスすんの?」 「ど、どんなって……」 「色々あるだろ?」 「〜〜っ……も、篠原の変態!ばか!」 ドンッと胸を押し返されてよろけた透きに、浅井は部屋から飛び出して階段を駆け下りていく音が直ぐに耳に届いた。 それから間もなくして千歌が慌てた様子で部屋に戻ってくる。 「みぃ兄ちゃん!あさいくんお顔真っ赤にしてお家出てっちゃったよ?」 「あ、ああ……うん」 「もしかしていじわるした?だめだよ!いじめちゃ!」 「ん?うーん、そういうつもりじゃ………いや、ちょっと意地悪したかも……」 「ほら!だめ!ちゃんと反省してください!」 「はい………」 そんなつもりじゃなかった。 逃げるから追い掛けて、恥ずかしがるから暴きたくなった。 「……………悪いことしたかな」 「ちゃんと仲直りしてね。また遊びに来てほしいもん…」 「千歌は浅井が随分気に入ったんだな」 「うん!あさいくん優しい!みぃ兄ちゃんもそう思うでしょ?」 「そうだな……」 自分でも驚くほど失恋を引きずらなかったのは、紛れもなく浅井のお陰だろう。 あの日、浅井が代わりに泣いた。 次の日も、その次の日も浅井は何一つ変わらず俺に接した。 変わらず俺を好きだと言った。 「浅井は、優しいな」 「うん!」

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