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03 : 悪魔の罰

 鉤爪の付いた大きな両足を踏みしめて牢の前に進む。地下牢に繋がせたシュトルテを見て、ハイネは久々に自身が高揚するのを感じていた。  壮年のシュトルテは立派な体躯をしており、口元に美髯を蓄えた美丈夫だった。だがその顔を今は恐怖に引き攣らせ子供のように震えている。醜い姿となった今、自分に恐怖する人間を見ることだけがハイネの喜びであった。 「罪人。貴様の名は?」 「……シュトルテ・バローでございます」  顔を青褪めさせながらも、はっきりとした口調で返したシュトルテにハイネは感心した。こんな醜い生き物を前にして、自分を失わない気丈さは賞賛ものだ。ならばこそ徹底的にこの男を絶望に堕としてみたい。 「シュトルテ・バローか。……もしや北方海中貿易のあのバロー家の主人か」 「……っ……なぜそれを……!」  驚愕するシュトルテに問われて、ハイネは獣の唇を歪ませた。 「このような化け物がおまえのことを知っていることがそんなに不思議か」 「………い…いえ……」 「正直に答えるといい。海と陸に富と名声のある貴様も、まさかこのような山奥の化け物にまで名が知れているとは思わなかっただろう」  暗い笑みで濁った瞳は、愉しみを見つけた獣らしく獰猛に歪んでいく。 「ガリオ海中に航路を開いた貴様の辣腕は感心なものだった。……どうだ、貴様は帰りたいと望んでいるのだろう」  ハイネの真意を探るようにシュトルテは黙す。少しでも己の立場を悪しくしないために、余計な言葉を慎もうとする分別はなかなかだ。 「北方海中も、貴様がいなければさぞかしひどい損失を受けよう。だから罪を償う心があるというならば、貴様を帰してやることもやぶさかではない」 「それは……どんなことでも、この私で贖えることでしたらいかような罰でも受けましょうッ」  格子に掴み掛からんばかりに乗り出してくるシュトルテの姿に、ハイネは暗い悦びで心が躍る。 「ふふ、その言葉、決して忘れるでないぞ!」  耳まで口が裂け、真っ赤な口内が露になる。悪魔の笑みだ。それを見たときシュトルテは圧倒的な不安に陥った。自分が犯してはならない過ちをまた犯したのではないかと恐れた。この悪魔と己は契約を結んでしまったのではないかと。 「貴様には四人の子がいるということも知っている。いずれも引けを取らぬ美しい子らだということもな」 「ま、まさか……」  あまりに絶望的な想像に、シュトルテは言葉を失う。だが残酷にもハイネは牙を剥いて笑った。 「貴様の可愛い子供たちに文をしたためることにしよう。父を帰してほしくば、その父が犯した罪を代わりに負う者を四人の中から選んで寄越せ、とな。それが出来ぬのなら父君は一生この牢で暮らすことになると」 「……お、お許しを!どうかお許しを!私はここで命果てようとかまいませんッ、ですから娘たちにはどうか私は死んだことにしてください、どうか御慈悲を、御慈悲を!!」  シュトルテは悲鳴のように声を上げて子供のように泣きじゃくる。 -------その者が己の命より大事にしているものを引き裂くとは、なんと愉快なことか!  シュトルテはじきに老年を迎える年頃ながら金の巻き毛に青い目をした、たいへんな美相の主だ。その子供の容姿も悪いはずが無い。  以前噂でも聞いたことがあるがバロー家の四人の子たちはいずれもうつくしいらしい。若く美しい娘が化け物の元へ慰み者として寄越される絶望と悲嘆を思うと、冷え切っていたはずのハイネの血が熱く滾ってくる。  しかし。  その娘たちがいくら父のためとはいえ、この醜い怪物のもとへなどくるものなのか?いや、もし我が身かわいさに娘たちが父を見捨てるのならば、その分この美しいシュトルテに恥辱と絶望を味あわせてやればいい。どちらにしても愉快であることには変わりないだろう。  シュトルテが泣き叫ぶ牢屋を後にしたハイネは、従者を呼び、急ぎ届け文を申し付けた。

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