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09 : 烙印  ※鬼畜(痛い・残酷)な描写があります

 薄暗い地下の牢。火の灯った燭台を手にしたハイネは上機嫌だった。 「どうだ、シュトルテ・バローが四子。私に許しを請う気になったか?」  両手を縛り上げられたうえ、天井から鎖で吊るされた少年を眺め、ハイネは獣の唇に残忍な笑みを浮かべていた。  明け方前に横暴な主によって叩き起こされた少年は、それまで自分の荷であった本を何冊か重ねて枕にし、地下牢という場所にもかかわらず隅で小さく丸まってすやすや眠っていた。  その幼い寝姿は見る者の心を和ませるものであったが、主のハイネがモーリッツに命じたのは冷酷なもので、起き抜けのココは爪先立ちになるほど高く吊り上げられた。  痛みで顔に苦悶の表情を浮かべている少年を眺めいつになく浮かれた様子でいるハイネに、モーリッツは胸を悪くする。  --------昔はこんな方ではなかったのに。  ハイネは我が儘で甘ったれで、若く傲慢な青年であったが、弱者をいたぶって喜ぶような卑怯な人間ではなかった。だが姿を獣に変えられてから、心まで卑しい獣のように変わってしまったのだろうか。 《 この若君が傲慢なのは、  若君をこのように育てたそなたらの罪でもあろう。  そなたらも若君が受けた呪いの一端を請け負うがいい》  あの日。ブルクミュラー家の若君であるハイネに呪いが掛けられた日。  モーリッツ同様、ハイネに仕える他の使用人たちも魔女の呪いで人間としての姿を失った。皆、顔は人のままであるのに手足体躯は獣のような深い毛で覆われ、指先にはやはり獣のような固い爪が付いていた。  --------いずれ私も今のハイネ様のように人の心を忘れてしまうのだろうか。姿ばかりでなく心まで獣のようになっていくのか……?  従者は痛ましい少年の姿を直視出来ずに、ただ俯くしかなかった。 「ココ・バローよ。恐ろしくて声も出せなくなったか」  そうしないほうが体が痛まないと悟ってか、ぴくりとも動かなくなったココを見て、ハイネは獣の目に爛々と不気味な光を宿す。 「しかしおまえはかくも醜い子供だな」  言葉でココを詰りながら、ハイネは薪の爆ぜる火鉢で(こて)を熱していた。 「鞭で打ち据えてやろうかと思えば、腕も足も腰も枯れ枝のように細い。こんな体ではどんなに加減しても一度打っただけでおまえは死んでしまうだろうな」  毛にまみれた己の大きな手を眺めて、ハイネは嗤う。 「貴様が本当にシュトルテ・バローの子供なのかまた疑えてきたぞ。あの大商人の子供が何も食わされていない孤児のような、こんな痩せぎすの体をしているわけがない」  仮に親子だとしても日陰者の妾腹なのではないか?そんな嘲りを見下してくる視線で感じたのだろう、ココは釣り上げられたまま弱々しく、だが確かに首を振った。 「ちがう…俺は愛人の子でも養子でもなく……真実バロー家の父シュトルテと母マリーの子だ……」  華奢な少年は吊り上げられているだけでも苦しいのだろう。赤らんでいたその顔はいつのまにか青褪めている。自重で痛むらしい手首は青紫になっていた。それでも口調だけははっきりとしていた。 「学院で…研究に没頭していると……食事を…取ることなんて忘れてしまう……学者なんて…みな…そういうものです……」 「ふん。ではその高邁な学者様は、この焼き鏝が何に使われるものか当然知っていらっしゃるな」  火鉢に沈む鏝の柄を転がしてハイネは笑う。ココは鏝の用途を理解してか、一瞬で顔色を失くし、恐怖に打ち勝とうとするかのように固く唇を噛んだ。 「これは我が所領の家畜の耳に押す焼印だ。さて小さな学者さん。君は自分の身体のどこにこれを押されたい?」 「……どこでも……お気に召すままにすればいい……」  青褪めているが、ココは泣き喚かない。ハイネに許しを請わない。それどころか小さな唇で、安堵の溜息を吐いた。 「………これが俺で本当によかった……姉さんたちならきっと正気を失っている」  ハイネが欲しがっているのは、恐怖のあまりに泣き叫ぶココの姿だ。絶望に打ちひしがれ、希望のない奈落に落ちて阻喪する様を見たいのだ。 「モーリッツ。今すぐこの子供の服をすべて剥ぎ取ってしまえッ」 「……ハイネ様……それは……」 「いいから早くしろッ」  戸惑うモーリッツは叱責を受けると、躊躇いを見せながらも次々とココの着ていた粗末な服を剥いで床に落としていく。 「……ほう…」  最後に下穿きが両脚から抜かれココが素裸になったとき、獣の唇から思わず漏れたのは感嘆の息であった。  ココは枯れ枝のようなやせっぽっちな子供であったが、その尻だけはなかなかどうして悪くなかった。子供らしい弾力と柔らかさで盛り上がった小ぶりな双丘は、見ていて愛らしくすらある。  女の肉付きがふくよかで豊かな尻とは違うが、少年特有のやや引き締まっていながらも絶妙な丸みを描くなめらかな曲線は、それはそれでそそられるものがある。  おまけにその尻の持ち主であるココは、今まで何を言われても顔色を変えない気丈な子供であったのに、人の眼前に下肢を晒しているのはさすがに恥ずかしいのか、青褪めていた顔を赤らめ落ち着かない様子で視線を伏せている。  そんなココの恥じらいの表情に、なにか説明のつかぬ衝動に駆られたハイネは焼き鏝を握りなおした。 「おまえの体の中で一番美しいのはこの尻というわけか」  ならば。 「ここに私の所有の証を焼いてやる。モーリッツ脚を抑えていろッ!」  言うや否や、ハイネはココの美しい双丘の片側に熱しきった焼き鏝をきつく押し当てた。 「………あああぁぁッ………」  ジュッと音を立てて、その鏝は少年のやわい肌を焼いた。痙攣を起こしたように体が震えだし、堪えきれずココの唇から苦痛の呻きが漏れる。  地下牢には人の皮膚が焼け爛れる、あまったるい臭気が立ち込めた。モーリッツに抑えられガタガタ震えていたその小さな体はやがてぴくりとも動かなくなった。  どうやら失神したらしい。その顔を見てみれば目尻からはポタポタ大粒の雫が垂れていた。 「ははは、強がっていても所詮は子供かッ」  ココの様子に満足したのか、ハイネはココを顧みることなく焼き鏝を放り出すと地下牢を後にした。

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