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10 : 生殺与奪の愉悦
自分に敗北を見せたあの小さな少年の姿に、ハイネはひどく高揚していた。彼の口から許しを請う言葉を引き出すことはとうとう出来なかったが、痛みのあまり顔を引き攣らせ体を震わせた姿には、なかなかに満足を得ていた。
--------あの子供の生殺与奪をこの私が握っている。
人ひとりの命を完全に自分の支配下に置いているということは、なんという快楽なのだろう。あの少年は自分の所有物なのだから、どう扱おうが自分の自由なのだ。そんな歪んだ優越感は獣の心を満たしていく。
偶にあの少年を地下牢から出してやって庭くらい歩かせてやってもいいが、そのときは首から鎖を繋いでやる。醜くくともまぎれもなく人間の子である少年が、人間ですらないこの化け物にまるで家畜のように扱われるのだ。実に滑稽な絵面だ。
水や食料も自分に乞わなければ得られないようにしよう。あの痩せっぽちの汚い子供は、食事や風呂に執着はないようだからそれだけでは生温い。あの子供の楽しみを見つけ出してそれを取り上げ、他にもっと絶望的で屈辱的なことを強いて遣らねば。
いっそ服を剥いで衣服を身に着けることを禁じて、本当の家畜のようにしてやろうか。下肢を晒すだけであれほど恥じらっていたのだ、どれほど羞恥と屈辱を与えてやれることか。
だがそんなハイネの興奮も長くは続かなかった。
その日のうちに、ココが生死の境を彷徨う高熱を出したのだ。
「恐れながら若君。最善は尽くしました。薬草園にあったラムラ草も使わせて頂きました。ですがあの少年の容体は思わしくないのです」
全身を兎のような白い毛に覆われたこの城のお抱え医師のクラストは、疲労の濃い顔でそう告げた。
「なにせ彼は14歳ということですが、育ち盛りの歳の割りにひどく痩せている。もともと体の造りが丈夫なわけではないのでしょうが、栄養状態もよくない。そのうえ一晩じゅう馬車に揺られ、冷える地下牢で過ごしたうえ、大火傷まで負ったとなると……。あの小さな体では体力の限界なのでしょう」
「クラスト。おまえは私が悪いとでもいいたいのか!」
ハイネが左右に口を開く。真っ赤な口内に並んだ悪魔のような牙に、クラストはひっと尻餅をつく。
「めめ、めっそうもございません、若君ッ。ただもしあの子供に御慈悲をいただけるのであれば、奥の薬草園にあったあの妖精花のリ・リムドを摘み取ることをお許し願えないでしょうか。さすれば今夜じゅうに必ず熱は下げられましょう」
リ・リムドは妖精が生まれるときに仮の胎として宿る花だ。万病に効能があるとされる非常に貴重な妖精花だ。ハイネ自慢の薬草園にさえ数えるほどしか生えていない。
だがラムラの薬草を使っても治らず、このクラストがこうして貴重な妖精花を使うことを態々願い出るくらいなのだから、あの子供の容態がそれだけ深刻なものだということなのだろう。
「い、いかがいたしましょうか。あのまま放っておいてもいずれ自然に熱は下がるやもしれませんが、その前に高熱で脳がやられてしまうかもしれないのです」
忌々しいことこの上ない。人間よりはるかに劣る存在である家畜とて、焼印ごときで命は落とさないものを。あの子供は家畜以下ということだ。
--------折角の愉しみであったのに。人間の子というのはかくも脆い存在だったのか。
「………手を尽くせ」
「は、はい?」
「手を尽くせと言っている!」
クラストは目を丸くして主の顔を見る。
「妖精花を使う以上は必ずあの子供を回復させると約束しろ」
クラストの顔が希望に満ちていく。
「あ、ありがとう存じます、若君様っ!!」
「勘違いするな」
老医師の顔に浮かんだ笑みを引き裂くように、ハイネはぞっとするほど冷たい笑みを浮かべた。
「あれは折角手に入れた私だけの玩具だ。まだまだじっくり遊んでやるつもりなのに、こんなに簡単に死なれてはいたぶり甲斐がないというものだからな」
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