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 藤が座った石段は境内の奥まった場所にあり、陽の光が届かない。藤は差していた日傘を畳み、傍らに置いてふうと大きな吐息を零した。  色素の薄い藤は日光に弱く、外出する際には日傘が欠かせない。いつも持参している日傘は絵日傘と呼ばれている柄の入った洒落たもので、藤が持っているものには見事な藤の絵が描かれている。 「大丈夫か?」 「気にするな。これくらい、どうってことない」  藤は息を整えながらそう言うと、鈍色(にびいろ)の空を仰ぎ見た。藤が外出できるのは今日のような曇りの日か雨の日、夜に限られており、肌の弱い藤は日光に滅法弱い。奇抜に(かぶ)くも露出が少ないのはその所為(せい)で、藤は真夏もきっちりと着物を着込んでいる。  強い日差しは色素の薄い目にも影響を及ぼし、実のところ物がはっきりとは見えていなかった。人成らぬ妖怪(あやかし)や鬼が見える藤にはそれ以外にも不思議な力があり、感覚で物を見ることができる。  障害物の(たぐ)いはそれで避け、人混みも苦手ではあるが歩くのに支障はない。遠くの物は携帯用の遠眼鏡(とおめがね)(現代のオペラグラスのようなもの)を使っているし、不便ではあるが生活に支障はなかった。ただ、出歩くとどうしても好奇な目で見られるため、普段は家に引き(こも)っている。 「そろそろ来るか」  息が整って来た藤がそう言うと、それまでだらしなかった紅蓮の唇がきゅっと引き結ばれた。  普段、出歩かないことに加え、その体質から藤はあまり身体が丈夫なほうじゃない。少し歩けば息が切れるし、長距離を歩くと体の節々が痛む。石段に座った藤の傍らで、紅蓮は金剛力士の(ごと)く仁王立ちしている。紅蓮が草木に隠れた石段から真っ直ぐ前を見据えた刹那、 「来た。()(ねずみ)だ」  藤がそう言ったと同時に、一組の男女が二人の目の前に現れた。  誰もいない場所に妖怪がいるのはよくあることで、実はこの神社の境内にも、あちらこちらに妖怪がいる。現れた二人はそれらが見えていないのか、拝殿(はいでん)向拝所(こうはいしょ)に向かうと揃って手を合わせた。 「なかなかやるな。鼠のくせに」  実は、男のほうは濡れ鼠と呼ばれる妖怪だ。上手く(ヒト)に化けているようで、一見してそこらにいる若者と何ら変わらない。だがしかし、濡れ鼠が姿を見せるのは、その名が示すように雨が降る予兆だと言われており、 「雨だ」  案の定、今にも泣き出しそうだった空が静かに泣き出した。

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