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俺だけの小説家
眠っている秋陽を起こさないようにそっと玄関を出ると、合鍵でドアを施錠する。
暗い室内とは対比的な朝日に、静也は僅かに眼を眇める。
秋陽を見つけたのは、高校一年生の七月ごろだ。
小学生の頃から、共働きの両親の代わりに祖父母の家に帰っていた静也は、祖父の書斎で本を読むことが大きな楽しみだった。
成長してもそれは変わらなかったが、本を読むようになればなるほどに、つまらないと感じてしまう本が多くなっていった。
ごくたまに心の底から面白いと思うものがあっても、作家はとうにこの世にいなかったり、その小説以外はつまらなかったりすることが大半で、小説を読むたびに漠然と「なにかが違う」という感覚を覚えるようになった。そのせいか、次第に小説を読むことが億劫に思い始めていた。
そんなときに、学園祭で文芸部が小説や詩集などの文芸誌を発行することを知った。静也は完全に読む側の人間だったことから、小説を書く側の人間がどんなものか、軽く興味がわいたのだ。それに、どうせ高校生のお遊び程度のものだと馬鹿にする気持ちもあった。
静也の予想はほとんど当たっていて、ほとんどのものは表面上は小説の形をしている偽物ばかりだった。
心のどこかで期待していたのか僅かにがっかりとしたものの、そんなものだろうと諦めに近い気持ちが静也の心を占めていた。
それでも惰性で読んでいると、静也と同じ一年らしい人物の小説があった。正直、二年生や三年生でこの程度なのだから、入学したばかりの一年生の小説なんて読めたもんじゃないと思いながら、それでもどこかすがるようにその小説を読み始めた。
「……っ」
一息に読み終わって、静也はしばらく動けないでいた。天才を見つけてしまったとか、圧倒的だとか、いくつもの賞賛の言葉が静也の脳内を駆け巡ったけれど、何よりも自然に「これは俺のものだ」という自分勝手な考えが、いつの間にか静也の脳内を支配している。
冊子にはペンネームと一年生という情報しかなかったので、次の日に文芸部に押し掛けて部員の一人に訊ねると、偶然にも同じクラスにその人物がいるのだと分かる。
奉日本秋陽。何度もその名前を頭の中で繰り返しながら教室に戻ると、座席表を見てその人物に近付くと、文芸誌を開いて差し出した。
「これ、書いたのお前だって文芸部の奴に聞いた」
もっと他に言い方があったのかもしれないけれど、気持ちが急ぐあまり、威圧するような聞き方になってしまった。
「あ、うん……。 そうだけど、それがどうかしたの?」
案の定、秋陽は少し怯えたようにびくっと体を強張らせて、気まずそうに視線をさまよわせる。
陰気に伸ばされた前髪の奥に、猫みたいなアーモンド型の鋭い瞳があって、小説の柔らかい雰囲気とはあまり似ていないなんて吞気に思った。
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