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俺だけの小説家2

「俺、お前の小説好き」 「えっ……」  ほとんど無意識にそう言うと、秋陽の瞳が見開かれて丸くなる。困ったように眉が寄っていて、困らせてしまったかと少し後悔する。  それでも、あの小説を書いた人物のことがもっと知りたくて、机に手をつくと怯えないように少し屈んで、覗き込むように顔を見る。  すると更に眉根が寄せられる。  警戒心が強いところも含めて、本当に猫みたいだと、到底同性に抱くことのない可愛らしいという感情がわき上がる。 「他にも書いたのあるのか?」 無遠慮にそう尋ねると、秋陽は反射的に頷く。どうにも少し抜けているらしい。 「あっ、うん。 部室とか、家とかに……」 「読ませてくれ。 ちゃんと礼はする」  初対面で、言っていることも一方的だとわかってはいるものの、強引に距離を縮めなければ逃げてしまうような気がするのだ。  秋陽は少し困ったように前髪を指で引っ張りながら、断り文句を探すように口をもごもごと動かす。 「取り敢えず、次の部活のときに部室にある分は見せてくれ」 「え、あっ……」 「そういえば、俺の名前まだ言ってなかったな」  断ろうとする秋陽を遮るように静也は言葉を重ねる。我ながら性格が悪いとは思うが、どうしても秋陽の書いた小説がもっと読みたかった。  もしかしたら、今までのように期待外れだということもあり得るだろう。  しかし、なぜだか静也には秋陽の小説はどれも静也好みであるような気がしていた。 「俺は工藤静也だ。 知らないかもしれないが同じクラスだ」  正直に言えば入学して興味を持ったものといえば、中学までやっていた野球と、図書館ぐらいのものだ。野球部ではなく帰宅部所属なので、実質的に図書室にしか興味がないことになる。  クラスメイトは関わりがある程度しか覚えていない。小説がなければ当分の間は秋陽を認知することもなかっただろう。 「お、おれは……奉日本秋陽」  引きつった笑顔だが、それでも一応返事はしてくれるらしい。断れないタイプなのか、それとも諦めているのか、どちらでも静也にとっては都合がいい。 「ん。 じゃあな」  手を振ると、自分の席につく。近くの席の数人が、なんでや誰なのか、関係性などを聞いてきたが、静也はあくびを一つすると机に突っ伏した。  昨晩は秋陽の小説を読んだ高揚感や余韻で眠るのが遅くなってしまった。態度にこそ出ていないが、すでに他の小説が楽しみで仕方なかった。

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