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俺だけの小説家5
藤井先輩は一学年上の藤井直也のことだ。静也も秋陽を呼びに行ったときに何度か見かけたことがあるが、ひょろっとした体つきをした吊り目で眼鏡の先輩だ。
部室に行くとよく同級生や後輩に対して高圧的な態度でアドバイスをしているのを見かけるのでよく覚えている。
高校生コンテストで入賞した実績もあるので、確かに文章を書くことは上手いし、話もわかりやすい。しかし、あくまで技術や経験の差が大きい。
そこそこ面白いが、読んでいる最中に誰かに声をかけられたら、本を閉じて「なんだ?」と問い返せる程度のものでしかない。
それでも本人にとっては人を見下す材料には十分なようだが。
しかし、藤井が本当に厄介なのは、自分を超えようとする者がいると蹴落とそうとしてくるところだ。
秋陽は藤井にとってかっこうの的のようで、秋陽からも度々嫌がらせを受けると聞いている。
先輩で同じ部活な上に、些細な嫌がらせなのでそこまでの実害もなく、声を上げにくいとも言っていた。
だからこそ、同じコンテストに応募して藤井の神経を逆なでするような真似を、秋陽もしたくないのだろう。
「それよりさ、部長も副部長も秋陽は入部しないのかって言ってたぞ」
「俺は小説は書けない」
静也は小説を読むことしかできない側の人間だ。小説を書く側の気持ちを知りたいけれど、それはきっと不可能だ。
「知ってるよ。 そうじゃなくて、読んで率直に感想を言ってほしいんだって。 文芸部っていっても実際に書いている人もいれば編集志望の人とか、ただ読みたいだけって人もいるからさ。 知ってると思うけど、うちの部ゆるいし」
だから、と秋陽はもごもごと何か言う。秋陽の視線があさっての方向を向いていて、変なところで不器用だと、静也は笑ってしまう。
「……で、秋陽も俺に入部してほしいのか」
「違っ、そうじゃなくて、なんていうか……まあ、部活終わるまで教室で待ってるのも暇だろうと思って……」
秋陽は前髪を引っ張る。いつもは素直なのに、秋陽はよくわからないところではぐらかしたり、誤魔化したりしはじめる。
「ん。じゃあ入部する」
「……っ、本当か?」
静也の返答に秋陽の猫みたいな瞳が丸くなる。口角が上がって、嬉しそうな顔が可愛い。
伸びた前髪がなければもっとしっかり見ることができるのに。
「ああ。 それより、前髪切ったらどうだ? 目に入りそうで見ててヒヤヒヤする」
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