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俺だけの小説家9
「追出町……」
出町があきれた顔で追出町に肘をぶつけると、追出町はしょんぼりと音がしそうな表情になる。そのおかげでわずかに溜飲が下がった。
「それにしても奉日本くんって女の子と接点あったんだなって、そういう意味じゃなくて……ほら、女子とか苦手そうなイメージあったから」
出町が遠慮がちに言う。確かに、秋陽が女子生徒と話しているところをあまり見たことがない。
話し掛けられたら返事はするし、クラスの集まりや行事の手伝いなども断らない。苦手ではないのだろうが、男子高校生にしては色恋沙汰に興味がないように見える。
「まあ、そうですね。 でも秋陽は誰にでも優しいですから、呼び出されてもおかしくはないと思います」
もともと、何人かは秋陽を意識しているのだと感づいていた。
静也のように急に距離を詰めれば警戒するけれど、元々の性格が真面目で優しいせいか、頼られれば誰にでも分け隔てなく応える。
今までは秋陽に告白をしてくる女子なんていなかったのに、秋陽が前髪を切ってからしばらくして、秋陽は告白されるようになった。それはやはり、付き合っている相手を端から見たときにどうかという評価が絡んでいるんだろう。
「それに、工藤くんもモテるよね、とっても」
「……ほとんどは俺のことよく知りもしないで告白してくるんで、結局そんなもんですよ」
静也は今まで告白してきた女子生徒のことを思い出す。中には勿論ちゃんと接点もあって、仲良くしていた相手もいた。すぐに別れてしまったが付き合った相手もいる。
しかし、見たことも話したこともない――少なくとも静也の記憶にはない――女子生徒がいたのも事実だ。それも一人や二人ではない。
「どうせ奉日本は振るだろ」
馬鹿馬鹿しいとでも言うように追出町は頬杖をついてあさっての方向を睨む。
そもそも聞いてきたのは追出町たちの方なのに静也が呆れられる筋合いはない。
「それに奉日本が付き合うのはあいつの自由だろ。 何苛ついてんだ、てめぇも彼女いたことあんだろ」
「……知ってますよ、別に」
それを言われてしまったら静也は何も言えない。自分でもおかしいとわかっているが、どうしても秋陽が彼女を作るのかと思うと苛立つし、焦燥感に襲われる。
――静也、大切なものはちゃんと手の届く位置に置いて、囲って守ってやらなければならない。
――でなければきっと、壊れてしまうから…………。
頭の奥で声がする。静也の胸を締め付けるような、低くて苦しそうな声。
「ほら、奉日本くん戻ってきたよ」
ドアを見ると、そこには困ったような顔をする秋陽がいる。その表情にほっとしてしまうのは、友人として間違っているのかもしれない。
「秋陽、髪拭け」
告白されたのは……中庭か、校舎裏か、秋陽の髪は突然降り出した雨で濡れている。
「ありがとう」
ハンカチを差し出したとき一瞬だけ触れ合った秋陽の指は冷たかった。
当然のように静也の隣に座る秋陽。
「あと少しで新作書き終わるから、そうしたら一番最初に読んでくれるか?」
困ったように眉根を寄せた秋陽の瞳が、不安そうに揺れる。告白を断った後、秋陽はいつも苦しそうにしている。
静也はそれが嫌で仕方ない。だからこそ、自分のわがままを差し引いても、静也は秋陽が告白されるのが嫌でたまらない。
「当然だ」
――守らなければ、だってこいつは…………。
――――俺の、俺だけの小説家なんだ。
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