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小説は書けない
秋陽目を覚ますと、時刻は正午を十数分過ぎた頃だった。部屋には当然ながら、静也の姿はない。
「……はぁ」
癖のようにため息を吐くと、痛む腰をさすった。
少々無理をしてしまったらしく、関節も痛みを訴えている。本当に何をやっているんだか、我ながら馬鹿らしくて、笑いすらでない。
シャワーを浴びて着替えを済ませると、気分を帰るために外に出る。行き先はすでに決まっていた。
PRIMAVERAと書かれたプレートのドアを引くと、カランコロンとベルの音が軽やかに鳴った。
「いらっしゃいませ……って、秋陽か。 久しぶり」
蜂蜜を混ぜたような髪色の、線の細い美人がカウンターの向こうから小さく手を上げる。秋陽も小さく手を上げると、いつも通りカウンター席に腰を下ろす。
昼時を過ぎたとはいえ、席は半分ほど埋まっている。三時のカフェタイムにはきっともう少し人が増えるのだろう。
「今日は何にする?」
「……なんでも、簡単に作れるのでいいよ」
「すぐ用意できるから待ってて」
店主であり、秋陽の従兄弟でもある春日は、そう言うとバックヤードへと消える。
絹糸のように滑らかな髪、白磁のように滑らかな肌にはしわなどなく、浮世離れした美しさを感じさせる。秋陽よりも三つも年上だというのに、そんなこと微塵も感じさせないほどに繊細で美しい。
春日が今は亡き妻である冬美と結婚するまで、秋陽は春日に片想いをしていた。最初から叶わないとは思っていたし、それよりも、当時は家庭のことで荒れていた春日のことが心配だった。
冬美が現れて徐々に心を取り戻していく春日を見たときに、きっと春日には冬美ではないと駄目なのだと諦めとともに悟った。
「ほら、食べな」
カウンターの上にプレートが載せられる。サラダやスープ、小鉢と海鮮パスタが美味しそうにゆげを立てている。
「めちゃくちゃ美味そう……」
「美味そう、じゃない。 美味いんだ」
見た目の繊細さに反した不遜な態度に笑いながらも、フォークをとる。
ニンジンと生ハム、チーズと謎の草のサラダを口に含む。千切りにされたニンジンの甘みが謎の草の苦味を中和させる。生ハムとチーズの塩分にオリーブオイル、レモン、胡椒だけのシンプルな味付けだから、素材自体の美味しさも感じられる。
謎の草も一瞬苦いけれど、濃いめのチーズを緩和させてくれる。何より、鼻に抜けるゴマのような香りが良い。
「やっぱ美味いわ……。 この草なんて言うの?」
「草って……ルッコラだよ」
あきれた顔をする春日に、秋陽は笑う。いつきてもここは落ち着く。広すぎない店内に、深い木の床と漆喰の壁。
観葉植物やセンスの良い絵画。美味しいイタリアンに、大好きな春日がいる。秋陽にとって落ち着く場所だった。
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