12 / 14
小説は書けない2
かつて、秋陽にとって一番落ち着く場所は静也の隣だったのに、今では一番息がし難い場所になってしまっている。
海鮮パスタを口に入れると、海鮮出汁が口に広がる。ほんのりと香るバターともちもちの麺が絡んで後味まで美味しい。
大好きなホタテの貝柱も柔らかくて、味が濃い。美味しい。
胸の奥がぎゅうっと締めつけられる。目頭が熱くなって、俯いたまま無心で料理を口に運ぶ。
締め切り前でずっと部屋から出ていなかったから、きっとそのせいで気分が落ち込んでいるんだ。自分にそう良いわけをする。
料理の美味しさだけに集中していると、目頭の熱がじわじわと引いていく。
食事を終えたころにはすっかり気持ちは凪いでいた。先ほどのはやはり、小波だったようだ。
「……秋陽さん、締め切り明けたんですね」
背後から声をかけられて、秋陽の肩が跳ねる。振り返るとそこには、春日の息子である崇が立っていた。
去年大学生になった崇は、静也に負けず劣らず背が高く無愛想だ。
「……びっくりしたな。 なんで正面から入ってきたんだ?」
いつもならば従業員としてバックヤードから入ってくるはずなのに、珍しく店の玄関から入ってきたようだ。
「裏口のドア新しくするらしくて、今業者が来て取り替えてるんで」
崇は面倒くさそうに首に手を回す。崇はPRIMAVERAで長いこと手伝いをしているにも関わらず、人と接するのが苦手なようだ。
苦手というよりも、恐れている。それは崇が幼い頃に両親を事故で失っている上に、養母である冬美とも死別していることが原因だろう。
冬美が病で倒れたときに、春日と崇を支えてほしいと頼まれたが、結局秋陽には何もできていない。
「紅茶、飲みますよね」
何も言っていないのに、崇はキッチンに立つと慣れた手つきでティーセットを用意する。
「今日はパンナコッタもありますから」
「どんだけバックヤードいきたくないんだよ」
表情は変わらず平然としているくせに、行動の節々にバックヤードに行くまいとする思惑が透けていて笑ってしまう。
ともだちにシェアしよう!