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第2話

ぽたりと額に雫があたり、うっすらと目を開けた。 揺蕩っていた意識はゆっくりと覚醒していく。 ぼんやりと辺りを見回して、風呂に入っていた事を自覚した。 湯に浸かって、うたた寝をしてしまったらしい。 追い焚き機能がないために冷めてきた湯船から出る。 冷えてしまった体を温めるためにもう一度熱めのシャワーを浴びて風呂から上がった。 適当に体を拭って服を着る。 まだ、滴が垂れてくる髪をかしかしと拭きながら、冷蔵庫から甘めの缶チューハイを一つ手に取った。 棚からつまみ用に買っていた胡桃を手に取ると、部屋へと続くドアを足で器用に開ける。 開けた時と同様ドアを足で閉めるとクッションソファに身を沈めた。 缶チューハイを開けて、一口呷る。炭酸のしゅわしゅわが喉を滑り落ちて、甘みと酒独特の苦味が後を追うようにして鼻から抜ける。 お子様舌だなんだと周りから言われるが、そんなこと知ったこっちゃない。 甘いものは正義であるし、俺の疲れを癒してくれるものの一つである。 つまみの胡桃をぽりぽりと食べつつ、早々に缶チューハイを一つ空けた。 明日も仕事だからと酒は一つだけにとどめ、寝る準備をし始めた。 寝る準備をしたは良いものの、眠気がやってこない。 風呂でうたた寝をしてしまったせいだろうか、とひとりごちる。 戸締りを確認してしまえばやる事もなくなる。 電気を消した部屋でベッドに横になってはいるものの、酒を飲んだにかかわらず一向に眠気はやってこない。 だらだらとスマホを弄り、やっと眠りにつけたのは空が白んできた頃であった。 やっと眠りにつけたにも関わらず、また夢を見た。 夢を見ていることを自覚している夢。所謂、明晰夢というやつだ。 時代劇に出てくるような豪華な襖と、一段高くなったお座敷。 簾から薄らと見える目の前の畳の部屋には、そわそわと落ち着かない雰囲気で座している男たちが大勢見えた。 場を静めるように、誰かの咳払いが一つ聞こえる。 それと同時に、そわそわと落ち着かない様子の男たちはぴしりと姿勢を正した。 大勢の男たちが統制のとれた動きで一斉に畏まられるというのはとても圧巻で、それを向けられている事にとても緊張した。 「失礼いたします」 小さく掛けられた声に緊張から声が出ず、「…ん」と頷けば侍女がするすると簾を上げていく。 全て簾が上げられ、それを丁寧に纏めると侍女は一礼して、部屋の端に下がった。 緊張でかちこちになりながら、大勢に見られているという状況だが思わず伏せていた顔を恐る恐る上げた。 男たちの息を呑む音が聞こえた。 どれだけ人がいるのかと大勢の男たちを確認するかの様に視線を巡らせれば、それだけで男たちは感嘆の息を漏らし、取り敢えず何か言わなければと口を開けば、何を話すのだろうかとそわそわした気持ちを隠しきれない雰囲気が伝わってくる。 「…初めまして」 そう言って、ぺこりと頭を下げた。 あまりにも緊張していて出た言葉はそれしか無かった。 それでも、男たちは俺の声が聞けた事に満足したのか期待の篭った雰囲気は少し落ち着いた。 男たちの中でも、長の様な雰囲気を纏った年若い男が勝手にこちらの事を紹介し始めた。 俺的にはもう話さなくても大丈夫な様子にほっと息をつく。 人前で話すのがあまり得意ではなく、この後に何か言えと言われても何も思いつかなかったから正直助かった。 「外つ国から嫁いできてくれた九尾狐の紅(コウ)様だ。  鬼の俺らなんかと位が変わらないお方だが、実力でいえば、俺らが束になっても敵わないほどの力をお持ちだ。  ただ、あまり人前に出てこないので分かると思うのだが、人見知りでな。  ゆっくりとみんなも馴染んでいってほしい。紅が震えているから、もう御開きとする。」 その言葉とともに再度、男たちは座したままの最敬礼をした。 侍女が静かにやってくると一礼して一言断ってから簾を下ろしていった。 そんな紹介の仕方があるか、と突っ込みたくなる様な紹介だった。 目の前にいる男たちが鬼だというのは、額から生えた角を見れば一目瞭然で疑問にも思わなかった。 というか、俺、狐なの?狐だったの?と自分の体のことの方が気になり、思わず頭に手をやれば、ふさふさとした耳に触れた。 耳があるのなら、尻尾もあるのだろう。 座ったまま振り返るように背後を見れば、ふさふさとした狐色の綺麗な毛並みの尻尾が九つ生えていた。思わず尻尾を一つ、目に見えるように引き寄せた。 先の方しか触れなかったが、触っている感触も触られている感触も感じられて、自分の一部なのだと再認識した。もふもふとした触り心地に、ついつい声が漏れた。 「…ふふっ」 緊張が少し解けた事と、簾を下ろしてもらって鬼達の視線が此方から外れたからだというのもある。 しかし簾を下ろしたと言っても男たちとはまだ同じ空間に居るのだし、簾からでも薄ら相手側の様子が見えていたのだからあちら側からも見えていておかしくない。 先程、緊張していたとはいえたった一言しか話さなかったやつが、そんな行動をすれば興味を惹く。 俺が動かなければ、男たちは動かないのか最敬礼のままの姿勢だったのが救いだったが今更になって、男たちがまだいた事を思い出し、顔が赤くなった。 その場の空気に耐えきれなくなった俺は奥の座敷にあわあわと引っ込んだ。

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