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第3話

ピピピピ、ピピピピ 目覚ましの代わりにしているスマホのアラームの喧しい音にがばりと飛び起きた。 起きなければ間に合わない時間に設定しているそれに、寝過ごしてしまったと慌てて朝の支度を始めた。 ばたばたと身支度を済ませ、カバンを引ったくるように掴んで家を出れば、その時にはもう夢で見た内容などすっかり忘れていつも通りの日常に戻っていった。 九月は暦上では秋と言っても、まだまだ半袖で過ごせる季節だ。 真夏日と呼ばれるような温度の日もあるし出来ることなら、スーツを着なくてもよい職に付きたい。 そんな事を考える日もあるくらいだ。 まあ、営業職についてしまった俺には中々難しい話ではあるが。 寝坊してしまったためにバタバタと慌しく家を出て、満員電車に揺られて会社に向かう。 そしていつものように働いて、退社し帰路に着く。 そんな当たり障りのない普遍的な一日に今日もなるはずだった。 その日は、いつもより早い時間に仕事を終えることが出来た。 それでも定時に帰れたわけではないのだが、少しばかり得をした気分になりながら、帰宅ラッシュで混んでいる電車に乗り込む。 人でぎゅうぎゅうになった電車を自宅の最寄り駅で降りて、徒歩十分程度の自宅までの道のりを夜風の涼しさを楽しみながらゆっくりと進んでいく。 いつもならば寄り道など考える余裕がない程、疲れているが今日は早く帰ることもできて気分が良かった。 家に程近いところにある神社から聞こえてくる賑やかなお囃子の音と、屋台から香ってくる食べ物の匂いに誘われ、俺は神社の境内へと続く少しばかり急な石の階段を上った。  上りきった道の左右に狛狐が厳格な雰囲気を纏って鎮座している。 その後ろに朱色の鳥居が大きく構えていて、鳥居から社殿まで石畳で舗装された道が真っ直ぐ続いている。 鳥居を潜って左手には簡易だが手水舎があり、その奥にこじんまりとした社務所が建っていた。 石畳に添うように屋台が連なり、子供向けの屋台と食べ物を売っている屋台が軒を連ねている。 家から程近い所にあるとはいえ、初めて来たので取り敢えず手水舎で手と口を濯いでからきちんとした手順で参拝をさせて頂いた後、屋台を見て回り夕飯になりそうなものを物色した。 焼き鳥を何種類かと目玉焼きがのった美味そうな焼きそばを購入し、家に帰れば冷えた缶チューハイがまだあったはずだと少し浮き足立ったまま、社務所の方へ向かい、何となくの気持ちでおみくじを引いた。 代金を支払い、引いたみくじ棒の番号を確認し巫女に伝えると、壁に設置された木の棚からおみくじを探しだす。 巫女に礼を言ってみくじ紙を受け取った。 おみくじの中身を確認しようとしたらいつの間にか自分の後ろに人が並んでいた。 邪魔にならないよう、おみくじは静かなとこで見ようと思いおみくじ結び所に移動した。 御神木の前に設置されたその場は屋台が並んだ所から少し離れていて御神木が静かにライトアップされている。 子供の声と祭り特有の浮ついた喧騒から外れた此処は少し不気味に感じるが、そろそろとおみくじを広げた。  「吉」と書かれているそれに何となく微妙だなぁとため息を吐いた。 総評は悪くないと書かれているから、悪くはないのだろうが、テンション高くおみくじを引いたからか期待していた分ショックが大きい。 悪くはないおみくじの結果だが少しがっかりとした気持ちのまま、ゆっくりと端から端まで読んだ。 仕事が忙しく、仕事一筋になっていたし今までに恋人ができたこともなかったのだが、おみくじの恋愛の所には待ち人来たると書かれていた。 自分に待ち人などいないと思っているのだがそうではないのだろうか。 おみくじなんてそんなものだと若干冷めた考えが頭を過ぎる。 ご縁があるように、と御神木の近くに設置されている二本の木の柱の間に結ばれた麻紐へ、綺麗に折りたたんだおみくじの紙を千切れないように恐る恐る結ぶ。 来た時とは打って変わって、テンションが下がり気味のまま、買った食べ物の入った袋を手に下げ帰路についた。

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