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⑥判明したんですけど ─雷─⑩

… … …  そりゃあな、監視人兼セフレの命令を聞かなかった俺が悪りぃよ?  バイト中なはずの迅からメッセ連投されてもガン無視決め込んで、二回の休憩時間にかかってきた着信もシカトした俺が百パー悪りぃ。  だからって夜の十時に何十件も鬼電するなんて、普通に考えてヤバくね!? 「〜〜ッッ、なんだよ!!」 『なんだよじゃねぇよ。 俺ン家で待ってろって言ったじゃん。 なに先に帰ってんの? 電話にも出ねぇし。 メッセも未読無視だし。 ふざけんなよ』  予想通りブチギレですね!  覚悟はしてましたよ、迅さんのその低音キレ気味ボイス。  ただ俺は、ステーキを完食した辺りから、心臓のチクチクとよく分かんねぇ胃のムカムカで立ってらんなかったんだよ。  まぁ最初から命令聞く気は無かったけど、もっさん達に会いに行きたいっていうのはガチだったから悩みはした。  でも結局、こうして迅をキレさせてるのは俺だ。 とりあえず色々シカトしまくったことは、謝っとこう。 「そ、それはゴメン! 俺ちょっと、気分悪くてさ……」 『は? マジで? 何か食えそうなもん持ってこーか? 気分悪いだけ? 熱は?』 「うッ……」 『おい、どうした。 吐き気すんの?』 「いや違……ッ」  迅が……優しい……ッ!  そんなに優しい言葉かけてくれるなよぉッ。 命令に背いたっていう罪悪感、ハンパねぇよぉッ。  俺は別に吐き気をもよおしたわけじゃなくて、潜り込んだ布団の中で単純に感動してただけだ。  嘘、とは言い切れねぇが、罪悪感覚えちまうくらいには後ろめたい気持ちがあるってことだよな、俺に。 『家ってお前一人? 親居る?』 「居る居る! 胃薬飲んだし! あとは寝てれば治る! じゃな!」 『はっ? おい待て、雷にゃ……』  これでもかと優しさを被せてくるな!  罪悪感とドキドキとチクチクがいっぺんに襲ってきて、また体調悪くなりそうだ!  何か言いかけてた迅には悪いけど、勝手に通話を切ってミノムシになった。  親が居ないとか言っちまうと、バイト帰りの迅はあのままスーパーかコンビニかドラッグストアに寄って、袋いっぱいに何かを買い込んでウチまで来る。 「あッ……バイトお疲れって言うの忘れてた」  迅に会いたくねぇわけでも、避けたいわけでもねぇんだけど。  なんか、なんか、なんか……ッ。  甘やかしの度が過ぎてる気がして、セフレ契約の重さを知っちゃった感じ。  俺、ちくびと唇許したからって、契約まで結ぶ必要あった……?  次の日の朝。  ミノムシになると寝心地が良くてスッキリ目覚めた俺は、ヘアアイロンで金髪をサラサラにして家を出た。 「うぇッ? 迅ッ? なんで居んのッ?」  ……玄関を開けたそこに、なんと迅が居たんだ。  脇に薄い鞄を挟んで、学校指定の紺のブレザーを着たモデル体型ヤンキー、別名〝セフレ〟が。 「体は平気なのか」 「え……あ、うん。 平気だけど。 もしかして俺を心配して……?」 「そりゃ心配すんだろ。 胃薬飲んだっつってたけど、夜はちゃんと眠れた?」 「ね、眠れた! グッスリ!」 「そうか。 顔色いいもんな。 安心した」 「…………ッッ!」  いやいや、そこで優し~くほっぺた撫でるのな?  心配してくれたのは嬉しいけど、朝のお迎えはやり過ぎじゃねぇ?なんてとても言えない甘々空気。  行くか、と歩き出した迅の隣に並んだものの、心臓がチクチク。  おかしいな。  さっきまでなんとも無かったのに。 「──あのさ、迅」 「ん?」 「宿代とかその他諸々、迅に甘えちまってゴメン。 ありがと」 「なんだよ、そんな事? ンなの当然じゃん。 俺が出さなくて誰が出すんだよ。 礼なんて要らねぇ」 「いや、ちゃんと礼は言っとけって先輩に言われて……」 「あぁー、ヤなこと思い出した。 昨日あれから何も無かっただろうな?」 「何もって?」 「束バッキー野郎とだよ。 トイレ連れ込まれたりしてねぇかって聞いてんの」 「ナイナイナイナイナイ!! 先輩が俺をトイレに連れ込んでどうすんだよ! 先輩は翼みてぇに連れション文化無えっつの! 三時前には駅で解散しましたぁ!」 「……雷にゃんがそう言うなら信じるけど。 ま、マジでどうにかするつもりだったら土曜の時点で俺の同伴も拒否ってるだろうしな。 不気味ではあったけど、束バッキー野郎が何か仕掛けてくるかもってのはあんま心配してなかった」 「ふぇぇ??」 「何だそれ、相槌?」  先輩が俺をトイレに連れ込む? 先輩が何か仕掛けてくる?  なーに言ってんだ。  女バージョンの先輩と俺は、あれからモールの中をウロウロして、その間も俺を散々揶揄って帰って行きましたよ。  たまに〝太もも〟と呟いて笑ってたけど、アレ何だったんだろ。  先輩も翼もダチも、二十七センチ上でククッと渋く笑う迅も、みんな俺には分かんねぇ高度な笑いのツボがある。 「あっ、藤堂くーん!」  それは、駅のホームで電車を待ってた時だった。  迅が隣に居るだけでいつも悪目立ちしてる気がしてなんねぇが、朝もそれは変わんないらしい。  人混みの向こうから、他校の制服を着た女子三人組が迅に向かって手を振っている。  これはあんまり珍しい光景じゃねぇ。 「呼ばれてるぜ、リア充」 「うるせぇ。 シカトだ、シカト」 「えぇっ!? あのヤリ迅がっ? それは新たな戦略か?」 「なんだよ戦略って。 話すことねぇんだからシカトでいい」 「なっ、冷たいぞ! せめてほらっ、連絡先ぐらいゲットしとけば……わっ!?」  ギャル三人組をマジでシカトしやがった迅が、人混みに紛れて俺の手を握った。  そのまま到着した電車に連行されて、乗り込む人波に押しつぶされそうになる。  毎朝毎朝、このぎゅぎゅっとタイムはチビにはツラい。  ただし今日は、身長百八十超えのイケメンがそばについてる。  ドア側に背中を付けた俺を守るようにして、迅は吊り革を握った。  めちゃめちゃ近いところに迅が居る。  ドキドキ、チクチク……どうしよ、心臓痛い。 「雷にゃん、満員電車苦手だって言ってたろ」 「い、い、い、い、言った、けど……!」 「今日から苦手じゃなくなる」 「へッ?」 「…………な?」 「……ふぁいッ」 「ぷっ……また舌噛んだ?」  迅の野郎……ッ、イケボ過ぎて引くわ!  近付けてきたツラもイケメン過ぎて手汗が止まんねぇし! やたらといい匂いするし!  女だったら胸キュンもんなシチュエーションをドヤ顔で作って、人混みの圧迫感をチビな俺に感じさせないようにしてるモテテク発揮の迅。  見上げてみると、もう何回もキスした唇がニヤッと笑った。  クソぉぉッ。 懲りずに黄色い悲鳴上げちまうとこだったじゃねぇかッッ。 「か、か、噛んでねぇよ。 こないだ〝ごめんなさい〟した時の口内炎、まだ治んなくて痛てぇだけ」 「あとで確かめていい?」 「はぁ? 見たいなら今見せるけど」 「見たいわけじゃねぇから」 「…………??」  至近距離で会話する、このトキメキシチュエーション。  バカで、しかも童貞男子な俺にはちょっと理解出来ねぇ言い方を何回もされるけど、迅の甘々ボイスはなかなか聞き心地がいい。  そんで一つ、分かったこと。  迅のセフレって高待遇なんだなぁ……。

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