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⑨恋慕 ─迅─②
ヤツを待ってる間、動きの無え画面を睨みつけて心ン中ではずっと「は?」を連呼。
各テナントのスタッフが次々と出入り口から出てきて、その度にビビられる俺ってそんなにコワモテか? いや今はそうか。
なんたって人生で一位二位を争うくらいキレてっからな。
「わっ、ビックリしたぁ。 迅クンじゃん。 今上がり?」
知らねぇスタッフに「お疲れっす」と挨拶して十数人目。
やっとお目当ての人物が現れて、出会い頭にも関わらずつい喧嘩越しに詰め寄った。
「どういう事っすか」
「何が?」
俺がここでお前を待ってる理由なんて一つしか無えだろ。
すっとぼけてキョトン顔してんじゃねぇよ。
性格がキツそうな女バージョンの束バッキー先輩を、タイマン張るみてぇに物陰に引っ張り込んで「てめぇ」と言わなかっただけマシだろーが。
ギャル化した雷のツラが目に焼き付いて離れねぇから、色んな事がぶっ飛んでいく。
ほんとは直接乗り込みに行きてぇけど、アイツはまたどうせ下手な言い訳並べて誤魔化すに決まってる。
その誤魔化し方が俺には予想も付かねぇ言動だってのも分かってっから、理解に相当の時間かけるくらいならコイツの方が話が早え。
「何がって、分かってんだろ。 なんで雷にゃんをそっちの道に引きずり込むんだよ」
「……その言い方は全ドラァグクイーンに失礼よ」
「分かった、訂正する。 ……なんで雷にゃんに女の格好させてんの。 アイツが望んだのか? 違うだろ?」
聞いたことの無え単語だったが、ツラを見る限りガチで失言かましたと分かった俺は素直に詫びた。
直後に追及を再開したけど。
ニこ上だか何だか知らねぇが、俺がどんだけ睨みをくれても飄々としてる、コイツの態度がマジで気に入らねぇ。
これが野郎バージョンだったら確実に胸ぐらを掴んでた。
「聞いてんのか。 答えろよ」
「はぁ……。 ったく、喧嘩っ早いわねぇ」
「うるせぇな! どうなんだよ!」
「ギャルになりたいって、雷が望んだの」
「だからなんで……っ」
「それは雷に聞きなさいよ。 雷が望んだから、あたしは手助けしただけ」
「………………」
声を荒げたのなんか、何年ぶりだっつーの。
しかも何だ? あれは雷が望んだ? は?
なんでいきなり、雷がギャルになりてぇなんて望むんだ……って、まさか。
「アンタ、ちょっと時間ある?」
「………………」
辿り着いたかもしれねぇ正解が見えた瞬間、束バッキー先輩もピンときたらしい。
雷が言ってた台詞とか、微妙に噛み合わねぇ会話とか、いきなりのギャル願望とか、諸々の答え合わせを今すぐ雷としてしまいたい。
匂わすだけ匂わせて決定打をくれてやらなかった俺が、雷に言いてぇ事は一つなんだ。
一人でヘンな方向に突っ走ろうとしてる雷を止めてやれるのは、俺しか居ない。
「待って。 話、あるの」
雷に電話しようとスマホを取り出した腕を、ガシッと強めに掴まれた。
見てくれは長身の美人だが、俺と同じ類の場数を踏んでそうだと睨んだ通り、さすがの怪力。 腕が上がらなかった。
この状況で話があるって、百パー雷の事だよな。
「………………」
「………………」
腕を掴まれたまま睨み合う。
あー、……これガチだ。 目を見りゃ分かる。
これはめちゃめちゃ〝真面目な話〟だ。
「……少しなら」
「夕飯奢るから付き合いなさい」
「………………」
マジトーンな束バッキー先輩に連れられて入った店は、モールから歩いて五分のファミレスだった。
いや店はどこでも良かったんだけど、こんな近場で俺とコイツがメシ食ってたら後々めんどくさい事になりそうだ。
「何食べる?」
「いや俺は食わねぇんで」
「え? ダイエット中? ダメよ、食事抜きは。 筋肉落ちちゃうわよ」
「話って何すか」
席に座って十秒で本題を切り出す。
ウキウキでメニュー捲ってるとこ悪いが、メシでも食いながら楽しくおしゃべりしようぜ、のテンションじゃねぇんだよ、こっちは。
てか俺がダイエットなんかするかよ。 筋肉落ちる心配も無え。 毎日もっさん抱えてスクワット、背中にチビ三匹乗せて腕立て伏せ、その他筋トレしてるっつーの。
「あたしは食べるわよ、お腹ペコペコなんだもーん」
「……勝手にしろ」
もう敬語も使わねぇ。 明らかに野暮用がありそうな俺を引き止めて、話があるっつったのはコイツだろ?
夜勤のパートのおばちゃんと短い世間話してる暇あったら、さっさと話してほしい。
こうしてる今もスマホの画面から目が離せねぇんだ。 俺の必死さ分かんだろ?
敵なのか味方なのか、未だにコイツの事がよく分かんねぇ。
「雷から連絡きた?」
「……いいや」
「でしょうねぇ」
「なんだよ。 何か知ってんなら全部吐け。 今すぐ」
重要そうな話ってのも五分で頼む。
相変わらず既読のつかねぇ画面を消して、先輩の前でも堂々と位置情報アプリその二を起動した。 こっちのアプリはちょっとクソだから、読み込むまで二分はかかる。
この時間だから確実に家に居るんだろうけど、念の為だ、念の為。
雷の迷走を知ってしまったからには、何がなんでも今日必ず決着をつける。
シチュエーションもムードも関係あるか。
暴走して俺の目の届かねぇとこに行っちまう恐れのあるバカ雷にゃんに、もう猶予は与らんねぇよ。
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