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⑨恋慕 ─迅─③

 おい、このクソアプリ。 〝読み込みまであと2min〟から進まねぇんだけど、どういう事だ?  しっかりしろよ、その二。  はち切れそうな俺の血管がブチッといくまで2minもかかんねぇぞ。 「雷ってさぁ、超が何百個と付くおバカさんじゃない? あげく、記憶力も怪しい」  呑気にドリンクバーを物色していた束バッキー先輩が、スマホにキレていた俺にアイスティーを持ってきた。  ブラックコーヒーが良かったんだがまぁいい。 ありがたく頂く。  ども、と礼を言って先を促した。 「……それが?」 「あたしとあの子の出会いって知ってる?」 「は? そっから遡んの? 雷にゃんのギャル化と関係無えんなら俺行くぞ」 「関係大アリよ。 何言ってんの」  これだから高校生は……って、ナメんな。 これみよがしにため息を吐くな。  俺が仕事以外で、こんなにおとなしく誰かの話に耳を傾ける事なんて無えんだぞ。  今すぐにでも会いに行きてぇ雷絡みだから、俺はここに居るんだ。 「出会いはまぁいいとして、なんであたしが雷を束バッキーしてたか、なんだけど」 「……あ、あぁ」  左のほっぺたを引きつらせて、多分めちゃめちゃ下手くそな愛想笑いで頷く。  コイツのこと束バッキー呼ばわりしてたの知ってたのか。  ま、あれだけコイツの前で雷とヒソヒソ話してたら、そりゃ気付くよな。  ヘンなツラしたまま、アイスティーに手を伸ばす。 一口飲んで、紅茶ってこんな味だったっけと二口目を口に含んだ。    だがその直後、ため息を吐いた束バッキー先輩から信じられない話を聞かされた俺は、生まれて初めて口からものを吹き出した。 「あの子ね、……輪姦されそうになった事あんのよ」 「ぶッ……!! ま、まわ、……はっ!?」 「たまたまあたしとダチの溜まり場だったから未然に防げたんだけど……そうね。 雷は脛蹴りしか出来ないくせに喧嘩っ早くて、誰彼構わず向かってくようなおバカさんだから。 あの時も雷は、身の程知らずにも向こうの喧嘩を買ったのよ」 「…………っ!?」 「……で、あの低身長、モテる部類の女顔、生意気な口調。 相手は三人……四人だったかしら。 後から口割らせた時にそいつらが言ってたのよ。 腹いせに犯そうとしたって。 コイツならヤれそうだと思ったって」  …………は? …………は?  雷が、犯され……いや、輪姦されそうになった、だと?  誰に? 今からソイツら殺しに行く? 殺すだけじゃ足んねぇからあの世まで追い掛けてって地獄見せる?  俺が吹き出してテーブルに散ったアイスティーを、先輩が紙ナプキンで拭いている。  それを俺は、モノクロがかった視界で見ているだけ。  体内が沸騰していた。 対象者への明確な怒りが、俺の中で煮えたぎっている。  だってそれは、雷がおバカさんなのとは関係無えじゃん。  アイツが単に、可愛いからじゃん。  自分のツラを下の下だとか言って俺の顔面をひがんでるけど、男なの分かっててヤられそうになってんじゃん。  なんでそれで気付かねぇの? そんなヤバイ目にあってて、あんなに危なっかしいってどんだけ危機管理能力低いんだよ。  そしてさらに俺が腹立ったのは、……。 「……雷にゃん、ンなこと一言も……言ってなかった」 「言うはずないわよ。 だって覚えてないんだもん」 「……は?」 「助けに入ってすぐに、あたしがあの子を落としたの。 迅クンなら分かると思うけど、殴って意識を失わせる事ね。 咄嗟に鳩尾をこう、……えいって。 未遂は未遂だったけど、四人の男に囲まれて制服脱がされる寸前だったのよ? 雷はいつもの喧嘩だと思ってたんでしょうけど、ヤツらの思惑は違った」 「……雷にゃんを寝かせるために鳩尾殴ったのか」 「そう。 あたしとダチが始末つけてる現場を見せたくなかったしね。 そのあとよ、問題なのは。 家まで雷を送って、次の日あの子ケロッとして……なんて言ったと思う?」 「……さぁ」 「〝修也先輩マジ強えっすね!尊敬!大尊敬!あざっす♡〟だって。 自分が制服脱がされそうになった事も、鳩尾殴って寝かせた事も覚えてない……というより、あたしが物凄い立ち回りしてヤツらをぶっ飛ばしたって記憶にすり替わってる」 「………………」  なんだよそれ……。 そんな事があんのか。  もしかして雷は、分かってたのか?  実はショックだったんじゃねぇの? 犯されそうになってたって、頭では分かってたんじゃねぇの?  迫ってきた野郎どもの行動があまりにも衝撃的過ぎて、アイツの脳みそが〝忘れろ〟って指令出したんじゃ……?  そういや、俺はこの話を雷から直接聞いた事はなかったが、ずっと前にアイツは〝先輩のことマジで尊敬してる〟と言っていた。  ……すり替わってる記憶が今も健在だって事か。  俺にも充分、衝撃的な話だった。  色々と複雑な気持ちにもなった。  断じて俺は無理やりはしてねぇと思うが、ほっぺた真っ赤にした雷の言葉の端々には記憶の切れ端ともとれる台詞が多々あった。 「でもいいの。 あんなの覚えてたっていい事ないし。 ……あたしが束バッキーしてた理由、納得したでしょ」 「…………あぁ。 癪に障るけど」 「ふふっ。 あたしね、引っ越した雷が心配でしょうがなかったのよ。 弟みたいなもんだから。 出来の悪い子ほど可愛いって言うじゃない?」 「それは分かる」 「でしょ? もうあんな目に合わないように、ウザいって言われるまでは遠距離束バッキーしようと思ったの。 ちゃんと門限守ってるのか、無闇に喧嘩買ってないか、とか」 「………………」

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