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⑨恋慕 ─迅─④
──弟、か。
コイツは雷のこと、俺と同じ目で見てるわけじゃねぇって事なのか。
なんか、……それだけはちょっとホッとした。
雷の束バッキー先輩への尊敬度がやたらと高くて、〝先輩〟だってのにやけに馴れ馴れしく懐いてたからだ。
話してる最中も、メシが運ばれてきて俺の前で鉄板にのったハンバーグをがっついてる間も、コイツの目はウソ吐いてるようには見えなかった。
大体、俺にこの話をしたってコイツには何のメリットも無い。
それだけ大事にしてた雷を、今度は俺が狙ってる。 コイツには、束バッキーするキッカケになったヤツらと俺が同じに見えてたっておかしくねぇんだから。
「でもね、引っ越してすぐかしら。 雷から喧嘩無敗のリア充ヤリチン迅クンの話をしょっちゅう聞いてて。 どんな野郎だ、雷を犯したらただじゃ済まねぇってギラギラしてたんだけど……アイスティーのおかわりは?」
「いやもう、……」
「そう?」
おい、話の途中で席を立つな。 ……てか相手がメシ食ってんだったら俺がドリンクバーに行ってやれば良かったのか。
雷以外の人間に気を回そうと思わない、俺の悪いとこが出た。
足を組み替えて、その二の進展具合をチェックする。
〝あと30sec.〟だと? お前の時間感覚どうなってんだ。 その二に頼るより、もう家に突撃しちまった方が早くねぇか?
あんな話聞かされると、もっと雷に会いたくなった。
未遂で良かったなって、頭撫で回して抱き締めたくなった。
忘れちまってんならそれでいい。 真実は俺の胸にしまって、ただひたすら守る事に徹してやる。
何せ俺は無敗だからな。
「アンタはアイスティーよりコッチよね」
「……ども」
スマホへのイライラと雷に会いてぇ思いを募らせていると、先輩がホットコーヒーを二つ持って戻ってきた。
分かってんじゃん。
「えーっと、どこまで話したっけ。 あ、そうそう。 雷と水入らずの一泊旅行にのこのこついてきたアンタをこの目で見て、大丈夫かもって思った、ってとこからか」
「……なんで? あん時、キスマーク見てピキってたじゃん」
「最初はね。 でも雷は迅クンのそばから離れなかったじゃない。 迅クンの「戻って来い」のセリフ一つで雷の顔色が変わった。 あぁ……この子は迅クンのこと好きなんだ、迅クンも雷のこと恋愛対象として見てるんだって分かっちゃったんだもん。 認めざるを得ないでしょ」
「………………」
「まさかあの日太ももエッチしてたとは思わなかったけど」
「ぶッ……!!」
「アンタどんだけ吹き出すのよ。 紙ナプキン足りないじゃない」
そんな事まで知ってんのかよ。
今度はコーヒーを吹き出した。 少しだけ。
尊敬してるからって、コイツにどこまで話してんだ、雷のヤツ。
テーブルの上を拭きながら笑う先輩は、パートのおばちゃんに紙ナプキンの補充と食い終わった食器の片付けをお願いしていた。
その隙に画面をチラ見する。 〝あと10sec.〟か。 このアプリは十秒が一分なのかよ。
「……てかさ、」
「あーはいはい。 なんで雷がギャルになってたか、でしょ。 それはマジで雷に直接聞いた方がいいわよ。 これがもぉぉ〜〜可愛いんだから!」
「いやじゃあ、なんで関係大アリとか言ってたんだよ。 束バッキーの理由も、あんたが俺を敵視してないってのも分かったけど肝心な事は分かんねぇままだ」
「んもう、ニブイわねぇ!」
「はぁ?」
「迅クンを敵視してないどころか、あたしはアンタを全面的に信頼してる。 だからこの話をしたの。 超〜おバカさんで、生意気で、逆に演技なんじゃないかってくらい素直過ぎるあの子を守れるのは、迅クンしか居ない。 雷のやる事なす事、バカだなって笑ってもいいけど理解しようと努力はしてあげて。 あの子なりに何事も一生懸命なの。 モテモテ迅クンを繋ぎ止めようと必死だったのよ、バカ素直にね」
「………………」
あぁ、……そういう事か。
先輩と雷の関係を明確にして、俺に敵意が無い事を順を追って説明した先輩の意図。
コイツ、どんだけ面倒見がいいんだ。
まさか雷が心配だからって、わざわざこの地に店舗を構えたのは、遠距離束バッキーじゃ埒が明かねぇと思ったからじゃねぇだろうな。
俺を敵視してない。 雷をそういう目では見てない。
っつっても、理由はどうあれコイツの雷への束バッキーは異常だ。
雷を襲うかもしれない最低カス野郎どもから守ってくれてて、確か合コンも夜遊びも禁止だったからこそ、あれだけのピュアっピュアな童貞男子が出来上がった。
皮肉だが、その束バッキーが功を奏してるのも事実。
そんだけ大切にしてきた雷を、俺は今先輩から譲り受けたって事でOK? 別に雷は先輩のものじゃねぇから、そう考えると少しムカつくけど。
公認だ。
バカ素直で能天気でバカ可愛い雷は、もう俺のものだ。
ほんとはコイツの許可なんか貰いたくもねぇが、事情を聞いちまうと感謝はしなきゃなんねぇ。
雷がバカピュアのままこっちに来て俺と出会ったからには、他でもない俺が人生かけて守り抜くに決まってんだろ。
バカ雷にゃんに惚れた俺も、相当ヤバめのアレだし。
「……なに笑ってんのよ」
「いや、……俺もバカだからお似合いじゃん?って」
「ぶっ、あはは……っ。 そうね、そうこなくっちゃ」
──畜生。 恥ずかしいったらねぇよ。
なんでこんな事をコイツに話してんだ、俺。
気恥ずかしくて先輩のツラからスマホに視線を移す。
長い二分の読み込みは終わっていた。
「……え、……はっ!?」
「なに、どうしたのよ」
先輩だけじゃなく、他のテーブル席にいた客も振り返るほどの大声で驚愕する。
いやだって、……違うんだよ。
あんま信用ならねぇその二が示した住所が……。
「アイツ家に居ねぇ、住所が違う! てかなんだこの住所……県外じゃん!」
「……どういう事よ」
「おい、雷にゃんに電話してみてくれ! 俺がかけても出ねぇかもしんねぇから!」
「わ、分かったわ」
俺の剣幕に、急いでスマホを取り出した先輩が雷に電話をかけ始めた。
その場でジッとしてられなかった俺はというと、会計票をレジに持って行って支払い済ませて、すぐに店を出た。
大通りに面したここは、この時間でもタクシーを拾うのには困らない。
「なんだよ県外って……!」
左手を上げてタクシーを呼び止めて、クソッと舌打ちをする。
何だか分かんねぇが、嫌な予感しかしなかった。
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