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⑨恋慕 ─迅─⑤
雷は方向音痴の申し子だから、たとえ何かあっても自分から県外に行こうという発想にまず至らねぇ。
不貞腐れることがあった時、雷の行動が俺には手に取るように分かんだよ。
布団にくるまってたっぷりイジけて、満足したら腹が減ってあんまんを買いに走る。 これだけ。
そういう短絡的なとこがめちゃめちゃ可愛いんだが、その事を知ってる俺は目が血走っていた。
「……○○県○○区○○町、……県境だからそう遠くはないわね。 はぁ、……」
「てかなんであんたもアプリ入れてんだよ。 俺のはアンスコしたくせに」
「アンタ二つ入れてたじゃないの。 一つは残してたんだから感謝しなさい?」
「フンッ……」
タクシーに飛び乗った俺をグイッと押して奥にやり、自分も捜索に加担すると言った先輩も雷の位置情報を特定するアプリをインストしていた。
だがぶっちゃけ、今はそんな事はどうでもいい。
雷がなんで、この時間に県外に居るのか。
輪姦されそうになったって話を聞いた時以上に、心臓が痛てぇくらいバクバク脈打ってる。 てかその話を聞いちまった後だから、余計に心配だった。
連絡は繋がらない。 俺がかけても、先輩がかけても。
クソアプリがデタラメ表示してんだろっていうわずかな望みも、束バッキー甚だしい先輩のスマホの画面で断ち消えた。
いっそ雷の親に確認しようともしたが番号なんて分かんねぇし、翼にかけても「え?雷にゃん居ねぇの?」ってオウム返しされたんでソッコー切った。
「……あ、もしもし? あぁ、俺。 修也だ。 雷がヤバイかもしんねぇから車出して待機しとけ。 ……あぁそう。 集まれるヤツ全員に共有よろ」
女バージョンの時にその声と口調はやめとけよ。
俺みたいな喋り方で誰かと通話していた先輩は、それを切ったと同時に「うふっ」と笑いかけてきた。
いやこの状況で笑ってんじゃねぇよ。
「……男になってたぞ」
「やだぁ、レディにふざけた事言わないでくださいますぅ?」
「もう遅えよ。 っつーか仲間呼んだの」
「そ。 だってこの住所、バリバリ地元だもん」
「はっ!?」
「県境だからそう遠くないって言ったでしょ」
「そうだったのか……。 雷にゃんはてっきり、もうちょい離れたとこから越してきたもんかと」
「雷のパパはこっちの人で、雷のママがあたし達の地元出身なの。 こっちにある社宅の方が広いし綺麗だし経済的だしって理由で、パパは転勤を願い出たらしいわよ」
「へぇ……」
そんな話をしてる間に、窓から見える景色がショボくなってきた。
もう三十分は走ってる。 あとどのくらいでアプリが示す住所に辿り着くんだ。
雷は一人なのか。 誰かと居んのか。
自発的なのか、……強制的、なのか……。
落ち着いてらんねぇ俺は、流れる窓の外を眺めていた先輩に「なぁ」と話し掛ける。
「あんたのアプリは正常なんだろ。 住所以外に手掛かり無えのか」
「あるわよ。 ほら」
あんのかよ! 俺が聞くまで出さなかった理由を十文字以内で説明してみろ!と、思うだけで我慢する。
スマホを寄越されて見た画面は、さっきと何にも変わんねぇ住所。 雷のスマホから送られてくる位置情報は、一切そこから動いてねぇ。
手掛かりって何だよ。
雷の居場所はここだって、……あ。
表示された住所をよく見てみると、その場所の土地勘が無え俺にも冷や汗もんの〝ヤバイ〟ポイントを発見した。
「……なんだ? アパート? 号数的にマンションか? ……って、もしかしてアイツ、監禁でもされてんじゃ……!?」
「……さぁねぇ……」
先輩の抜けた返事に腹が立った。
さっきから思ってたけど、なんで先輩はそんな落ち着いてんの!? 仲間呼んだから大丈夫って、そういう問題でも無えだろ!?
森ン中、ふ頭、工場地帯、そこそこデカめの公園、警察の目が行き届きにくい場所で雷がボコられてたら……てかそれ以上の事されてたらマジで俺、自分で自分の制御出来る気がしねぇってずっと沸々としてたんだよ。
だが一向に動きの無え住所の最後は、ナントカっつーアパートだかマンションだかの六〇三号室。
夜中と言っていい時間帯に、他にも人が住んでる可能性のある建物内で、殴り合いの喧嘩はまずムリだ。
って事は、だ。
あの大声自慢の雷が声を出せねぇ状況にあって、殴り合いの出来ねぇ密室に連れ込まれてる、…………いやもう、犯されるフラグしか立ってねぇじゃん……!
「チッ。 おいオッサン! ちんたら走ってんじゃねぇ! もっと飛ばせよ!」
「ちょっと迅クン、やめなさい」
「うるせぇ! ……っ、畜生!! なんで雷が……ッ、雷にゃんが監禁なんか……ッ、いや俺か、……俺のせいか……!」
「監禁されるような心当たりがあるの?」
「ありまくる! 俺は伝説保持者なんだぞ! 雷が俺のお気に入りだってのが広まってんなら、見せしめに拉致られてもおかしくねぇ!」
「……迅クンもかなり無茶苦茶してきたみたいね」
「昔話してる余裕なんか無えって! オッサン! 頼むから飛ばしてくれよ! 制限速度なんかシカトしろ!」
「無茶言わないの。 ……すみません、オッサン。 この人半グレなんで気にしないでね」
オッサンオッサン言われて苦笑いしてる運転手をいくら睨み付けても、ちんたら走行は変わらなかった。
俺はこの瞬間、高校卒業を待たずに免許を取ろうと心に誓った。
雷がどこに居ても、どんな目に遭っても、すぐに駆け付けられるように車も買おうと思った。
「心配よね ……」
どうでもいいようでよくない誓いを立てた俺の隣で、先輩が意味深なため息を吐く。
バカ素直でバカ正直でバカ可愛い雷を巻き込んだのが俺のせいだったら、……さすがのお前も俺を恨むだろうな。
俺は窓の外に視線をやって、内心何度も舌打ちをしながらこう答えた。
「もし雷にゃんに何かあったら、……俺は死んで詫びる。 好きだって言って、死ぬ」
「…………そう」
とにかく無事だったらいい。
生きてさえいてくれりゃいいんだ。
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