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⑮勝負 ─迅─⑦
🐾 🐾 🐾
バイト前に汗かくとか最悪。
ジッとしてたら凍えそうなくらい寒い今、俺は汗だくでシャツの襟裾を汚した。
ボールを蹴って、ゴールに入れるだけ。
そんな簡単な事が、俺以外の奴らには出来ねぇって何なんだ。
張り付かれてんのにパスも出さねぇ。奪ったボールはほぼほぼ相手のものになり、奪い返す事もなく。役立たずのキーパーはネットにかかるボールを取りきれもしねぇ。
俺は必死で走ってた。
雑に引かれたラインからはみ出さねぇように、ゴールに向かってボールを蹴ってた。
それなのに、……試合の結果は散々だった。
「そりゃあさ、毎日練習してた俺らとじゃ勝負になんねぇって」
「………………」
汚れた制服を払っていると、翼がボールを指先でクルクルッとこれみよがしに回しながら近付いてきた。
今、誰とも、話したくねぇんだが。
「迅は〝負け〟を認めらんねぇだろうけど、これが現実だ」
「………………」
得点板を指差す翼の視線の先なんか、追いたくねぇ。
最初から最後まで、一組の得点は動いてなかった。
わざわざ見なくても分かる。一組の惨敗。
「……俺バイトだから」
「あ、おい迅。待てよ。勝負の後はなんて言うんだっけ?」
「翼さん! あんまり藤堂を煽らない方が……!」
「煽ってねぇよ〜。道理を教えてやってんだろうが」
いやどう見ても煽ってるよな。
……腹が立つ。
翼のニヤけ面も、それを必死で止めてる取り巻きも、一組の連中の不甲斐なさも。
今はスポーツ無縁のヤンキーかもしんねぇが、少しくらいボール蹴って遊んでた時期だってあんだろ?
溢れたボールを蹴る事も出来ねぇとか、何てザマだよ。ポテンシャル低すぎ。
俺以外の連中みんな、無能。
「──〝ありがとうございました〟。これでい?」
「参りました、だろうが」
「参ってねぇ。本試合は明日だろ。明日一組が負けたら、それ言ってやるよ」
「もう〜迅サンったら負けず嫌いなんだからぁ」
うるせぇ。
こちとらこんなくだらねぇ勝負のせいで、駅までダッシュしなきゃなんねぇんだぞ。
ブレザーと鞄を脇に挟んで、髪を掻き上げる。
俺は明らかに、ムシャクシャしていた。
端っこでグズグズな試合を見ていた雷を、今は見れない。こんなの恥ずかしいったらねぇよ。
〝参りました〟なんて絶対言いたくねぇから、明日は絶対、何が何でも勝つぞ。
雷にいいとこ見せたいとかそんな事よりも、〝負けた〟事にムカついてムカついて……頭痛てぇ。
「……お前ら、自主練しとけよ」
恐恐と俺を遠巻きに見ている一組の連中、そう声をかけた。
どの口が言ってんだ、とは言わせねぇからな。
「は、はい……!」
「がんばります!!」
「あ、そこのお前」
「はいぃー!? な、なんでしょう!?」
「ケー番教えろ」
「え!? お、おれ呼び出し食らうんすか!? シメられる……!?」
「違ぇよ。いいから教えろ」
「い、……いいんすけど、裏社会に流したりSNSに公開したりしないでもらえたら……」
「ンな事するかよ」
どんなトンデモ野郎だ、俺は。
連中の頭みてぇな男から名前と携帯番号を聞き出して、雷が何か言いたそうにずっとコッチを見てたがシカトして、校門を出ようとした。
だがアイツは黙ってバイバイが許せない質。
走って追いかけてきてんのが分かって、顔を合わせたくねぇ俺は咄嗟に逃げちまおうかと思った。
「迅……! 待てよ!」
「……何」
今日も長ジャージの裾を折り曲げて張り切った格好の雷が、わざわざ俺の前に回り込んで足止めしてきた。
バカにされるかも……と一瞬身構えた俺は、クソほどさっきの試合に不甲斐なさを感じてんだ。
「翼が言ってたけど、今まで練習してた二組が昨日本腰入れた一組に負けるわけねぇ……」
「分かってる」
「でもお前あんな態度は……っ」
「俺は負けてねぇ。いいか、俺は負けてねぇんだ」
「いやサッカーてのはチームプレイだから……! その言い方だとアイツらだけが悪りぃみたいに……ッ」
「言及はしてねぇだろ」
「迅……ッ!」
何が言いてぇの。
もしかして、俺も〝負け〟に加担したって?
チームプレイだから?
点数こそ変わんなかったが、俺は誰よりも動いてた。ガキみてぇに走り回って、ボール追いかけた。
アイツらの亀並みの脚力じゃ俺の足引っ張ってた、としか思えねぇだろ。
俺は悪くねぇ。
俺は、……負けてねぇ。
「迅ッ、サッカーの間だけ一匹狼やめろ!」
「……今日もやめてたつもりなんだけど?」
「迅ッ!」
雷の声を背中に聞きながら、俺は駅までダッシュを開始した。
バイトの遅刻ギリギリだ。マジで。
さっきまで走り回ってて、今またダッシュって。キッツ。
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