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⑰仕返し ─迅─③
水上家の野菜ゴロゴロカレーは美味かった。
雷の父親の元ヤン伝説を嬉々として語る、雷の母親もガチいい人で好感が持てる。
話がくどい、とか言って何回も父親の武勇伝語りを遮る雷を止めたのは、俺だ。
別にいいじゃん。あんなに嬉しそうに話してたんだから。
これで、突然の飲み会報告で落ちた機嫌が果てしなく急浮上したなら、雷も母親から強くあたられなくていいだろ。
一つ言いてぇのは、あんま俺をベタ褒めされっと雷に手を出しにくくなるって事くらい。
すでに口が裂けても言えねぇレッスンを始めちまってるから、作り笑いが苦笑いになるのもしょうがなかった。
「〝そこら辺じゃとてもお目にかかれないレベルのイケメンに抱っこしてもらえて、いいわねぇ♡〟……だってさ」
「………………」
雷ン家の社宅は八階建てだから、エレベーターがある。
帰ろうとした俺を見送るって聞かねぇ雷が、そのエレベーターでエントランスに降りたと同時に唇を尖らせた。
「〝雷うらやまし〜♡〟……だってさ」
「………………」
「〝またいつでもご飯食べに来てね♡ 何なら泊まってく?〟……だってさ」
「………………」
何だ。何をそんなにプンスカしてんの。
いや、唇尖っててキレてるようには見えるが、チラチラ俺を見上げてくる視線は……そこまで不機嫌ってわけでもねぇか。
これは初めて見る表情だ。
「……それどういう感情?」
「フンフン……」
部屋着に学校指定のコートを羽織ったチグハグな出で立ちの雷は、一丁前に腕組んで俺を盗み見する。
ヘンなの。言いたい事があんなら言やいいのに。
「雷にゃん?」
「フンフン……」
「だからそれ何なんだよ」
「いや、……イケメンは誰でもメロメロに出来てすげぇなぁって」
「はぁ?」
何を今さら……って、そうじゃねぇか。
こうしてムムッと唇尖らせてるっつー事は、俺をベタ褒めしてた母親相手にヤキモチ焼いてチクチクしてんのか?
それはちょっと微妙だぞ。と半笑いで雷を見下ろすと、凶悪なまでに可愛いツラして見上げてきた。
「進路のこと。……俺なんも考えてなかったからさ、マジで毎日耳タコなくらい同じこと言われてイライラしてたんだよ」
「ああ……雷にゃんがキレて言い返すからだろ。女はヒステリックな生き物だ。自分の感情は抑えるに限るぞ」
「……こないだまでコミュ障一匹狼の黒豹だったくせにぃぃ」
偉そうに言うなって?
まぁ、そう言いたくなる気持ちも分かるが。
エントランスにある集合ポストに背中を預けて、俺はさらに半笑いを濃くした。
「うるせぇな。俺は好きでそうだったわけじゃねぇ。そんな意識も無かったし……じゃなくて。ガチな話すると、うちの母親と兄貴がよく喧嘩してたんだよ。ちょっと注意されただけでブチギレ。なんでもっとうまく立ち回らねぇんだろって不思議でな」
「へぇ……迅は親と喧嘩したことねぇの?」
「一回も無い、とは言わねぇけど、喧嘩になんねぇように俺が引いてる」
「えッ!? 迅が!?」
「殴り合いになったら確実に俺の方が強えのに、カッとなって手出してケガでもさせちまったら死ぬまで後悔すんじゃん」
「手出す前提なのが怖え……」
いや出さねぇよ。誰が親に手上げようとするか。
俺はただ、親と兄貴達の喧嘩を見てて「無駄な事してる」と常々思ってただけだ。
これが俗に言う末っ子のうまいところ。
そのかわり家ン中では何も害のない俺が、外では敵ナシになった要因はそこにある。
中学ン時が一番ヒドかったのも頷けるだろ。
「雷にゃんもな、母親がガミガミうるせぇとしてもまともに言い返したりするな。キレてたらワケ分かんなくなって余計な事まで言っちまうだろ。それで母親傷付けたらどうすんの」
「……うん。……分かった」
「素直じゃん」
「だって迅が……」
「ん?」
なんだ、今日は上目使い連発すんじゃん。
こんな会話を雷としてるのもくすぐってぇのに、安定のサイズ感で見上げてくる雷はいつどんな時も可愛い。
「迅がまともなこと言ってっから。俺すぐ頭に血上っちまうんだ。治さなきゃなぁ……」
「いや別に治さなくていい。俺の前では素で居ろ。雷にゃんがキレても、俺が宥めてやる」
「ボコっておとなしくさせんだろ」
「やめろよ。俺を暴力彼氏にするな。俺はな、自分の鬱憤晴らすために強えわけじゃねぇんだよ」
「…………?」
他人からどんな風に見られようが平気な俺は、服装がチグハグな雷をふわっと抱き締めた。
上目使いにやられ、素直で殊勝な態度にもやられ、これから先もコイツ以外に好きになるヤツは現れねぇだろうって再確認しながら、弱え耳に囁いてやる。
「俺は、好きなヤツを守るために、強くなった」
「……ッッ!!」
「……って、漫画で読んだ」
「えぇッッ!? 漫画の受け売り!?」
「でもマジでそうだなーって思ってる。俺が強くて良かったな、雷にゃん」
「ぴぇッ♡」
フッ……可愛い。
ピクンッと体が揺れた拍子に俺の腕から逃げようとしたのを、すかさず捕まえてもっと強く抱き締める。
これが雷の心臓によくねぇんだって分かっててやっちまう俺は、雷に狂わされてこうなった。
どこの甘々彼氏だっつの。
離れたくねぇ。帰りたくねぇ。このままこの金髪チビと居たい……そう思っても、俺達にはまだ二人だけの愛の巣が無い。
いや俺、〝愛の巣〟って。
「あ、雷にゃん。見送りはここでいい」
「えっ、でも……!」
エントランスの自動ドアをくぐろうとした俺の袖を、雷が引っ張る。
まるで〝もう少しいいじゃん〟って言われてるみたいで、顔がニヤけちまった。
「あんま夜に出歩くな。危ねぇだろ」
「いやガキじゃねぇんだから大丈……ッ」
「心配だから言ってんの」
「し、しんぱい……ッ……」
「雷にゃんに何かあったら俺は……」
「分かッ、分かった! うん、分かったぞ! またメロキュンボイスで俺をギュンギュンさせる気だろッ? もう心臓保たねぇから……ふンッ♡」
ほっぺたピンク色にしてあたふたしてる雷の唇に、俺は屈んでキスをした。
やっぱさっきの袖クイッは、〝帰らないで〟で合ってたんだな。
あー……クソ可愛い。俺だって帰りたくねぇよ。
後ろ髪引かれてたまらず、つい想いが口に出る。
「……好きだよ、雷にゃん」
「────ッッ!!」
「気絶しそう?」
「……しそう。お前それ狙ってやってんならマジでやめろ。俺を殺す気?」
「ぶふっ……!」
照れ隠しに俺を睨み上げてくる、でけぇ猫目。
俺がいつでも余裕かましてるクールイケメンだと思ったら大間違いだ。
狙ってやる時と、そうじゃねぇ時もある。
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