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⑰仕返し ─迅─⑩

 俺以外は誰も二階に上がって来ねぇから、もっさん達のために扉はいつも少し開けている。  賢いもっさんは、直ちに俺の殺気を読んだ。  チビらを連れてテクテク部屋を出て行くモフモフ集団を視界の端で確認すると、俺の意識は組み敷いた金髪ネコに集中した。 「そ、そんな食いつくことか!?」 「ああ。どういう会話の流れでラブホの入口まで行く事になんだよ。相手は男? 女?」 「男だよ、男! 同級のダチ! ラブホってどんなとこ? って聞いたら連れてってやるとか何とかで……うッ!?」  萌えギャップにニヤニヤして裸エプロンの妄想に浮かれてる場合じゃなかった。  なんで男とラブホの入口まで行くんだよ。てか〝入口まで〟って何なんだ。  ダチと行ったとか、そんなの知るかよ。……意味分かんねぇ。イライラし過ぎて、頭ン中が沸騰してんだけど。  それなのにコイツときたら、俺がまたいきなり盛ってるとでも思ってそうな無邪気面浮かべてる。  コトの重大さを、俺のイライラを、まったく分かってねぇ。 「雷にゃん、それどうなるか分かってて連れ込まれたのか?」 「えぇ……? どうなるもこうなるも、内覧会して回転するベッドで一泊して終わりじゃねぇの……?」 「終わりなわけあるか。ただのダチがラブホの内覧会なんか開催するわけねぇだろ」 「そ、なの……?」  おい、回転するベッドっていつの時代の話してんだよ。その無駄知識はどこから得た?  内覧会とか言ってる時点で、そん時の雷は好奇心に突き動かされてウキウキだったんだろ。  だから何の危機感もなくダチについてった。  ……あぁ、イライラする。 「そいつ、お前を抱くつもりだったんじゃねぇの?」 「えぇ〜ッ!? ないないないないッッ!! マジでそれはナイ!!」 「なんでそう言い切れる?」 「うッ……! そ、それは……ッ! 男同士だからだよ!」 「俺らもじゃん」 「ハッ……!」  ンなの理由になんねぇよ。  コイツはチビで、女顔で、色白で、華奢で、生意気で、クソ可愛い。下品な話、挿れる孔があるなら別に男でもいいかってくらい、性欲バリバリな野郎達の性対象になり得る。  入口まで行って連れ込まれてねぇとか、マジでラッキーじゃん。  野郎同士でホテル側から拒否られたのか、雷が土壇場でビビったのかは知らねぇが、童貞処女守ってくれてたのはとりあえずヨシヨシもんだ。 「確認だけど、未遂だったんだよな?」 「う、うん……」  俺に押し倒された雷のツラを見てると、毒気を抜かれるから困る。  ポカンと口は半開き、俺の顔面ファンだからちょっと見つめたらほっぺたピンクに染める。この可愛く呆けたツラ、俺が何にキレてるか分かってねぇんだろ。  一番厄介なのは、自分が襲われる可能性を想像だにしてない事。  いやまぁ……普通はそんなの考えもしねぇか。コイツ、身の危険を感じて記憶をすり替えたくらいだもんな。  自分の可愛さ自覚してたら、こんな初々しい人間には仕上がらねぇよ。未遂なんだから、俺もここまでカッとなる事はなかった。  雷が不必要な経験してなくて、ラブホは恐怖の場所だって植え付けられてなくて、良かったじゃん。 「……良かった……」 「えッ? 迅、……?」  感情に流されて雷を問い詰めようとしちまった俺は、心ン中で大反省中。  細っこい体を抱き上げて、膝に乗せた。されるがままの雷は、こてんと俺の胸に頭を乗せて寄りかかってくる。  畜生……可愛い。  打算ナシの雷のこれが俺だけだと思うと、くだらねぇ嫉妬に流されてた自分が恥ずかしくなる。  ただ、コイツにも引っ越して来る前のダチがそりゃ当然居たわけで。俺の知らねぇ雷を知ってるヤツが、他にも居るって事で。  ……あー、やっぱダメだ。どうしても妬いちまう。  この金髪チビネコは俺のだ。 「なぁ、……俺ムリ。雷にゃんが他の男と二人で居るの想像しただけでムリ。実は他の男でアナル処女喪失してますとか新事実発覚したら、そいつ殺っちまうかもしんねぇ……。ンなの、マジでムリ……」 「えぇッ? じ、迅さんどったの……ッ?」 「頼むからトラブルメーカーはほどほどにしてくれ。これ以上俺の血管切れさせるな」  クソ……こんな事言いたくねぇのに。  俺のチビネコは鈍感って言葉で出来てっから、俺が何でキレてたかちゃんと言っとかねぇとまた逃げるかもしんねぇ。  その隙に他の男に雷を掻っ攫われでもしてみろ。  俺は確実に獄中生活だ。 「今のって……もしやのもしや、迅がヤキモチやいたのか?」 「………………」  ツラを見られたくなくて強く抱いてたのに、雷からベリッと体を引き剥がされて下から覗き込まれた。  ……なんでそんなニヤニヤしてんだよ。分かりやすいヤツ。 「俺が他の男とラブホ行くのダメ……? 内覧会目当てでも?」 「ダメに決まってんだろッッ!!」 「うぉッ!? 迅さんったらそんな大声も出せんのか!」  恥ずか死ぬ思いで、ちゃんと言葉にしてやっただろ!  何を聞いてたんだ、コイツは! ……って、そうか。雷はこうやって俺の気持ち確かめようとしてんのか。  ニヤニヤが抑えきれてねぇ。  俯いた雷の顎を捉えて上向かせると、ヘンテコなツラをしていた。  ……俺が嫉妬したの、そんなに嬉しかったんだ……? 「はぁ……。いいか、雷にゃんは絶対に知らねぇヤツにはついていくな。美味いメシあるぞ、とか楽しいことしようぜ、とか可愛いにゃんこ居るぞ、とか言って誘われてもついて行くな。あと、今後は誰の喧嘩も買うな。分かったな?」 「迅、俺のこと何歳だと思ってんの? ハハッ、俺がそんなもんに引っかかるわけねぇじゃ〜ん!」 「お前は引っかかるから言ってんだよ! もうちょい危機感持て!!」 「ひゃいッッ!?」  ハハッ、じゃねぇよ!  俺の怒号にビクンッと全身を揺らした雷を、もう一回力いっぱい抱き締めて「バカ!」と愛を込めて罵倒してやった。  ニヤニヤデレデレしてんのめちゃめちゃ可愛いけどな、ド天然鈍感ネコを飼ってる身としては心配でしかねぇんだぞ。  そいつが激クソ可愛いから、心配の種が尽きねぇんだ。  やっぱ雷にバイトさせんの……危ねぇか?

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