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⑱リア充への道!? ─雷─⑩

🐾 二年前 🐾  俺の放課後の行動範囲は、野良にゃんこを追っかけるか、先輩が働いてるバイト先に行くか、家の近くのコンビニに寄るかしか無くて、その日も普通に学校からバス停に向かってる途中だった。 『生意気なんだよ!』 『ぐぬッ!?』  突然首根っこを掴まれて引き摺られた俺は、入学したてでもブレない金髪だったのが原因で他校のヤンキーから目をつけられていた。  抵抗しつつも、俺より確実にデケェ男の力には敵わねぇ。  ズルズルと引き摺られてローファーのかかとがすり減っていく。買ったばっかりなのにってまた母さんからお小言食らうじゃんッ。  手足をバタつかせようが無駄で、俺のもがきは無抵抗に近かった。 『何なんだよ、離せよ!! こんのぉぉッ!』 『うるせぇ! 黙ってろ!』 『黙ってろって言われておとなしく黙ってるヤツがいるか! バカじゃねぇの!?』 『ああ゙!?』  引き摺る側と引き摺られる側で一触即発。  よく分かんねぇ工事現場みたいなとこにいきなり連れ込まれて、たぶんボッコボコにやられんのが分かってて騒がないアホは居ねぇ。  なんでこうなった? とか今さら考えるまでもなかった。  派手髪、ピアス、チビ。  俺の三大特徴はどこに居ても目立つらしくて、何かと世話を焼いてくれる修也先輩が居ない時を狙って必ずと言っていいほど絡まれる。こんなの珍しく無え。  コンクリートの床の上にドサッと転がされた俺は、いつの間にかロープで手首を括られていた。  わーお……こんなに手が込んでる本格的なのは初めてだ。ドラマみてぇ……って、違ぁぁう!!  何をのんきにヤツらの手口に感心してんだ、俺は! 『〜〜っ、おい! なんだこの監禁展開は! 俺がお前らに何かしたってのか!? こんなとこまで連れ込んで、何の文句があるってんだ! 聞いてやるから一つ一つ言ってみろよ!』 『それが生意気だっつってんだよ!』 『答えになってね、……うッ……!』  パン……ッと右のほっぺたを平手打ちされた。くそぉ……避けらんなかった。  生意気って言われても、面識も無えヤツにそんなこと言われる筋合い無えんだけど……。  睨み返すと、もう一発平手打ちが飛んでくる。避けようとして顎を叩かれたから、地味に痛かった。 『痛てぇってば!』 『っるせぇな! マジで黙ってろよ! お前チビのくせに声クソデケェっつの!』 『はぁ!? チビ言うな!! 何が気に入らねぇのか知んないけど、まだ足んねぇんだろ!? 俺よりデケぇヤツが四人も五人も居たんじゃ俺はもうどうせ逃げらんねぇし! オラッ、好きなだけぶん殴れよ!』 『威勢いいじゃん、そんなにお望みならやってやらぁ!!』  あぁッ……! 売り言葉に買い言葉ってやつしちまった!  ホントはもう叩かれたくねぇのに、チビって言われてつい頭に血が上った俺は、十五歳のお子様ヤンキー。  ほっぺたと顎がジンジンと痛い俺は、相手を煽っときながら咄嗟に目を瞑る。  けど全然新たな痛みがこねぇ。 『待て』  不自由な両手首を前で構えた俺はその時、初の監禁展開が怖くて少しだけ震えてた。  だから、『待て』と言ったヤツが最後にここにやって来たヤンキーの親分だってことも、分かんなかったんだ。 『ンだよッ、篤人!』 『しらけさせんじゃねぇよ!』 『…………』  ──アツト? 誰それ?  恐る恐る、目を開く。  転がった俺は情けねぇ格好で、アツトと呼ばれたそこそこイケメンの茶髪ヤンキーを見上げた。  アツトが俺のそばでしゃがむと、顎クイされてまじまじと顔面を値踏みされる。  近くにきたアツトは、流行りの香水を大量に振りかけてんじゃねぇかってくらいめちゃめちゃクサかった。 『コイツよく見りゃなかなかのツラしてんぜ。ちょっとションベンくせぇが』 『はぁ?』 『はぁ?』 『篤人、お前頭イカれた?』  片手でほっぺたをムニッとされた俺の唇が、漫画で描いたヒヨコみたいになった。  言ってることは理解不能だけど、血の気の多い取り巻き連中よりかは話が分かる男みたいだ。  やけに落ち着いてるとこは怖えが、このままフクロにされて海に投げ捨てられるよりは話し合いを求む。  こんな状況じゃ、俺の必殺脛蹴りなんか諸刃の剣。反撃したところであっという間に再監禁、からの俺の人生詰み。  手首縛られて、アツトの『口塞げ』の命令でガムテープを口にベタッと貼られたってことは、反撃する前にもう詰んでるかも……? 『んむッ!? んん゙ー!!』 『元気だなぁ、お前。こういう生意気なヤツはな、ぶん殴って服従させるより……別のやり方でおとなしくさせるのがいいんだよ』 『別のやり方ぁ?』 『なんだよ』 『篤人、お前まさか……』  まさか、何ッ!? おい答えてくれよ、不細工ヤンキー!  何なんだよ! なんでアツトは俺の制服脱がそうとしてんだッ!?  ニヤッと笑った顔が超怖かった。  カッターシャツのボタンが弾け飛ぶ。  お気に入りの猫の足跡柄のバックルが付いたベルトに手をかけられて、これは海に投げ捨てられる前にもっとヤバイことになりそうだと察知した俺は、ゴロンと寝転んでうつ伏せになる。  良からぬことをされる……それだけは分かった。  俺は四つん這いになって、必死で逃げようとした……けどすぐに捕まって、またベルトを触られる。  俺のバックルがそんなに欲しいならくれてやる! あぁ、やっぱりダメ! ムリ! 欲しいなら自分で買え! と、足をバタバタさせて抵抗した。  でもチビな俺がどんなに暴れようが非力で、塞がれた口から出るのは自慢の大声じゃなく『んー!!』だけ。 『気持ちよくしてやるよ』 『……ッ!? ……ッッ!?』  もがいてる最中に、アツトと目が合った。  どういう事だ!? バックル奪って気持ちよくなるはずねぇだろ!  ヤンキーってのは、俺含め意味不明な発言を得意とすっから理解出来なくて当たり前なんだけど。  今はちょっとそんなレベルをはるかに超えてて、俺はピタッと動きを止めちまった。  その時、アツトの背後で取り巻きヤンキーが騒ぎ出す。 『おい篤人、誰か来るぞ』 『やべぇ、修也じゃね!?』 『マジかよ! 今日は来ねぇはずだろ!?』 『チッ……! もう来やがったのか』  ……修也……? 今、修也って言った?  それってもしかしてあの修也先輩のこと? マジ?  まさかと思いつつ、たしかに遠くが騒がしくなったのが寝転んだ俺の耳にも聞こえてきた。 『──雷!!』  ガシャン、ガシャン、と物がたくさん倒れる音と一緒に現れたのは、派手な足音で登場した修也先輩だった。  舌打ちが止まんねぇアツトは、修也先輩の姿を見るなり俺の体をコンクリートの床に押し付けて、喉仏辺りをガブッと噛んだ。  何しやがんだ! と目を見開いた次の瞬間、駆け寄ってきた修也先輩がアツトをふっ飛ばし……ついでに俺の腹めがけて殴ってきた。 『んぐッッ!?』 『……ごめんな、雷。お前には見せたくねぇんだ、こんなとこ。ヤなことも忘れちまえ。鳥頭のお前なら大丈夫だよな……?』  ……いやいや、……え? 先輩、俺の腹殴った? なんで?  殴られた俺の視界は、すぐにブラックアウトしちまった。  ふわっと誰かに担がれたのだけは覚えてる。  あと、修也先輩のとんでもねぇ怒号と、生身の人間を殴った時の背筋が寒くなる音も覚えてる。  ただそれ以上は……何も覚えてねぇ。 🐾 🐾 🐾  ぷかぷか。ぷかぷか。  俺は、光が届かない深海くらい真っ黒な海を泳いでいた。  堕ち方なんて知りたくなかった。  あの時もそういえば同じような堕ち方したよな、って懐かしい夢を見ていた。  修也先輩が、ヤンキー仲間と一緒にアツト達をボコボコにしたんだ。マジでカッコいいよな。  その前に、大事なバックル奪われそうになったってこと、すっかり忘れてたのはなんでなんだろ。てかなんであの時、修也先輩はまず一番に俺のこと殴ったんだ?  ……まぁそんな昔のことは別にいいや。  あーあ、駅で迅が待ってるのに……。  俺を喜ばせるためのサプライズって何だったんだろ? 憎いことしやがるぜ。  クリスマスデートもラブホお泊りもドキドキワクワク楽しみにしてたし、その上さらにサプライズで何かしようなんて俺の彼ピッピにしとくには勿体無えや。  俺は幸せ者だよ。  ……でも、ごめんな……迅。  俺いま堕ちちゃってる。  ちょっと遅刻しちまいそうだ。許せ。

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