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19〝好き〟の違い ─迅─
─迅─
🐾 🐾 🐾
店長から、ラストまで居てくれとギリギリまで頼み込まれた。
だが俺の返事は一貫して「無理っす」。
そりゃそうだろ。
年明けの福袋、夏のボーナス時期を狙ったセールに次ぐ客足でも、今日は絶対無理。上がる。
普段は裏に引っ込んでる事の多い俺が、フロアに出ずっぱりで今も混雑してるが「マジで無理っす」を押し通して、スマホを起動させながらスタッフルームに走った。
その間、奇妙な着信通知を目にして立ち止まる。
「柴田? 原西? 太田? 梶原? ……なんだよ、この鬼電」
不気味だ。
一番欲しいヤツからの着信は無えのに、一組連中の名前がズラーッと並んでてマジで気味が悪りぃ。
しかもこれだけ何回も何人からも着信があるっつーことは、大事件勃発?
けど、いったいどいつにかけ直したらいいんだ。
とりあえず一番上の柴田にかけてみるか。
俺のネコはとりあえずこっちに向かってるだろうし、デート前にウゼェ問題は片付けときたい。
「あら、迅クンお疲れ〜……って、やだ、電話中ね」
「……ん」
柴田の名前をタップした直後、休憩でふらっと現れたのは束バッキー先輩だ。
スマホを耳にあてがった俺を見て、左手でゴメンのポーズしてきたんで「構わねぇよ」の意味を込めて軽く会釈する。
先輩はドカッとパイプ椅子に座ると、入念なメイク直しに入った。
『藤堂さん!?』
「おう」
応答した柴田は、想像以上にヤバそうな雰囲気だった。
くだらねぇ用事だったら一回シメよう、と思ってた俺のアテが外れる。
「何なんだよ、あの鬼電は」
『藤堂さん! 水上と落ち合いました!?』
「いいや、俺今までバイトだったし」
『マジかぁぁ!!』
電話の向こうで頭を抱えたのか、絶望的な声を上げた後ガサガサっと雑音が入った。
……嫌な予感がしてきた。てか嫌な予感しかしねぇ。
雷と落ち合ったかどうかを聞かれた時点で、ヤバイ匂いがプンプンする。
「……なんだ。何かあったの」
問いながら眉間に力が入った。
特に荷物も無え俺は、コートを羽織ってザッと自分のロッカーだけを確認すると、すぐにスタッフルームを出ようとする。
だがメイク直し中だった先輩の前を通り過ぎようとしたとこで裾を引っ張られて、「何かあったの?」と小声で聞かれた。
俺も小声で「分かんねぇ」と返す。
『うーわ、お前マジでやったな! 梶原、お前が悪りぃんだぞ! 水上に何かあったらどうすんだよ!』
「おい! 雷にゃんに何かあったらってなんだよ! そっちで小競り合いしてねぇで説明しろ!!」
『ヒッ……! す、すんません! あ、ああああのですね、この梶原が知らねぇ野郎に水上の番号教えたらしいんすよ!』
「知らねぇ野郎!? 誰だ!」
クソ……ッッ!! ガチの大事件じゃねぇか!!
コイツらがこの剣幕なのは、雷の番号を聞き出したヤツが名の知れたやべぇヤンキーだって言ってるようなもんだろ!
『なんつったっけ!? 名前だよ、名前! ……あぁ! 八代篤人、ヤシロアツトって野郎だ!』
「あぁ!? そんな名前この辺で聞いたことねぇぞ!」
『なんかソイツ、水上の知り合いっつってたらしいんすよ! 水上が前住んでたとこの地名は合ってたらしくて……!』
「前、住んでた、とこ……?」
恐る恐る先輩を見おろす。
俺の呟きに、先輩も真顔でゆっくり立ち上がって目を光らせた。
「前住んでたとこ、がどうしたの」
即座に浮かんだのは、先輩が俺に話してくれたにわかには信じ難い輪姦未遂事件。
強烈な出来事によって、雷は自発的に記憶をポジティブなもんにすり替えた。
犯されそうになった事を忘れちまってると聞いて信じらんなかったが、雷にカマかけてみてもさっぱり覚えてねぇ事は実証済みだ。
雷の番号を知りたがっていた地元の野郎が、まさかソイツじゃねぇよなと祈るような思いで先輩に聞いてみる。
「……先輩、ヤシロアツトって男、知ってるか」
「八代篤人!? なんで篤人の名前が出るのよ! どういう事なの!」
「……マジかよ……ッ」
この先輩の反応で、やべぇ事実が繋がっちまった。
グッと手のひらに力が入る。スマホケースがパキッと鳴った。本体まで割れそうな勢いだ。
『藤堂さん! 俺らどうしたらいいっすか!』
「……てか、なんでお前らそんな焦ってんの」
冷静になれよ、俺。
だってな、おかしいだろ? コイツらはヤシロアツトの情報は知らねぇはずだ。
先輩の顔色が変わったのを見る限り、地元じゃそこそこ名が知れてんのかもしんねぇがここは新天地。
隣の隣の町まで敵ナシな俺も、同じ状況下ならそういう事になる。
条件は一緒なんだから、万が一タイマン勝負になったって俺が勝つ。確実にな。
スマホケースをパキッちまったが、何とか冷静さを取り戻そうとした俺の努力は、次の柴田のセリフであっという間に水の泡になった。
『水上が○○駅のロータリーで拉致られてんの見たってヤツが居て! 三十分くらい前っす! 藤堂さんの知り合いならいいけどって話してたんすけど、知らねぇんすよね!?』
「なッ!? なんだと!? 拉致られた!?」
『梶原が水上の番号教えちまったから……! マジでやべぇ事になってやしねぇかって……!』
「また連絡すっからいつでも動けるようにしとけ! いいな!?」
『はい!!』
ウソだろ。マジかよ。これ現実? 雷主催の荒手のドッキリじゃねぇの?
俺を驚かそうとしてさ。ほら、雷なら考えそうじゃん。
〝クリスマスだしサプライズしようと思って〜! ニヒッ♡〟
とか何とかバカみてぇに可愛いツラしてバカな事すんだ。
な? そうだろ? 雷……ッ!
「篤人がこっちに居るのね? 確かに八代篤人って言ったのね?」
無言でスタッフルームを出ようとした俺のコートの裾が、先輩の握力でグシャグシャなんですけど。
これ七万するんですけど。
って、今はンなことどうでもいい。
先輩のガチギレしたツラで分かった。
これはどうやら、雷のサプライズじゃなさそう。それどころかマジもんの事件。
「……あぁ。ソイツなんだろ、雷にゃん犯そうとしたヤツ」
「……そうよ」
あー……そうか。マジなのか。
ピキッた。
笑いたくもねぇのに口角が上がる。
俺はケースがバキバキに割れたスマホを取り出して、雷の居場所の特定を開始した。
──許さねぇ。絶対、許さねぇ。
少しでも雷を傷付けてみろ。昔の記憶思い出させるようなコトしてみろ。
内臓破裂するまでぶん殴ってやる。
「あっ、迅クン! 位置情報分かったらあたしにも連絡入れて! 地元の仲間呼ぶわ!」
「分かった」
とてもじゃないが、特定完了まで……待てなかった。
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