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19〝好き〟の違い ─迅─②
モールを飛び出した俺は、駅まで全力疾走した。
いつものタクシーのオッサンを呼ぶ事も忘れず、血管を何本か犠牲にしながら無心で走った。
その間考えてた事は、無事でいろよ、じゃねぇ。
〝無傷でいろよ〟。
雷の場合、相手が何人だろうがクソ生意気にも反抗しやがるからだ。生意気なのは俺だけにしろって言ってんのに、アイツはカッとなったら何をするか分かんねぇ。
短い足から繰り出される脛蹴りを必殺技だとか言ってんだぞ。
それが通用する相手かどうか見極めもしねぇで。
「クソ……ッ、このアプリはマジクソだ!」
頼みの綱のGPSアプリを起動して何分経ったか。
止まってても遅い、使用者が動いてたらもっと遅い。機械のくせにテンパってんじゃねぇ。
駅で待機させといた馴染みのオッサンのタクシーに乗り込んでも、クソアプリはずっとぐるぐる読み込み中。
一向に行き先を言わねぇ俺に、オッサンが振り返ってきた。
「と、とと藤堂くん、ぼ、ぼくはどこへ向かったらいいんだろうか……っ?」
「うるせぇ! ちょっと待て!」
「はぃぃ!」
「怒鳴って悪かった! ちょっとヤバい状況なんだ!」
怯え切ったオッサンはとばっちりだ。
全く動かねぇピンマークを見てたらイラついて、スマホ片手につい八つ当たりしちまったがオッサンは何も悪くねぇ。
雷がどこに連れ去られたかっていう見当すらつかねぇせいで、気持ちばっか焦ってる。
よくねぇよ。
落ち着けって言い聞かせても無理な話なんだが、ちょっとは冷静になんねぇと。
カッとなって何するか分かんねぇ雷と同じになる。
「いったいどうしたんですか」
らしくなく謝ると、オッサンも冷静になった。
ヤシロアツト……その名前だけが頭ン中を占拠してやがって、スマホを持つ手が微かに震えている。
情けねぇが、俺にはどう頑張ったって〝冷静〟で居るなんて無理。ただし八つ当たりはダセェ。
「……オッサンに話してもしょうがねぇんだけど……いっつも俺と一緒にいる金髪チビ、分かるか」
「あぁ、はい。あの可愛らしい少年ですね」
「少年って。アイツのこと何歳に見えてんの」
「何歳……そうだなぁ。中学生くらいでしょうか。藤堂くんの弟さんかと」
「そういう風に見えてたのか」
中学生……? そりゃ見えなくもねぇかもしんねぇけど、オッサンから見て、俺はその中坊を夜中に何回も連れ回してるって事になるじゃん。
しかも弟って。俺と雷のどこら辺が似てんの。
……なんか少し気が抜けた。
「弟じゃねぇんだけど。まぁいいや。……そいつが拉致られたんだよ」
「え!? 拉致られたって!? 誰に!?」
「ヤンキーだよ。ちょっと離れたとこの」
「はぁ……」
意味もなく画面を連続タップする。
どういう経緯で拉致られたかは分かんねぇが、確実に言えることは輪姦未遂事件が〝未遂〟で済まなくなるかもしれねぇってこと。
恋人が拉致られて輪姦されるかもしれねぇなんてドラマみたいな話、オッサンには無縁なんだろ。
分かったのか分かってねぇのか微妙な相槌を打つと、何やら一人でブツブツ言い始めた。
打つ手が無え俺の心臓は、ずっとバクバクうるさい。
俺は無敵だが、雷いわく一匹狼だった。こういう時に支障が出るんだな。
この辺のヤンキー連中がどこでつるんでるのか、さっぱり分かんねぇ。
「例えば、ヤンキーがよくたむろしてるところに行ってみるというのはどうでしょうか」
顔を上げたオッサンが、バックミラー越しに俺を見た。
見返すと、オッサンの肩がビクッと揺れる。
……いちいち怯えるなよ、腹立つな。
「なに、心当たりあんの?」
「ぼくはこの道三十年です。当たっているかどうかは分かりませんが……」
マジで? と身を乗り出すと、オッサンはさらにビクビクして俺から遠ざかった。
そんなのあてにして大丈夫かよ、とは思わなかった。
藁にもすがる思いだったからだ。
悠長にしてらんねぇのに、俺には何も、雷を見付ける手立てが無え。
こんなに焦ってんのに、どこに動けばいいか分かんねぇもどかしさで頭がぶっ壊れそうだった。
「……クソアプリよりオッサンの方が頼りになりそうだな」
「アプリの読み込みを待っていてもしょうがない。行ってみましょう!」
「あぁ」
意気揚々とアクセルを踏んだオッサンに感謝した。
一応土地勘はあるから、どこに向かってるかは分かんなくても景色を見りゃ地名くらいは分かる。
「……あ」
動いてるとテンパるアプリは、走り始めて十分後……ようやく目的地を示した。
鬱陶しかった読み込み中表示が消えて、ピンマークが止まってる。
俺の声に、オッサンが「場所特定できましたか」と反応した。
「五分後着。オッサン、やるじゃん」
この道三十年のベテランドライバーを侮っちゃいけなかった。
まさにオッサンが向かってくれてたその先に、雷の居場所を示すピンマークが立っている。
「金、ここ置いとくぞ。釣りは要らねぇ」
停車したと同時にダッシュする気満々で、助手席に諭吉を一枚置いといた。
三倍くらい多く払った事になるが、気持ちだ。
俺一人じゃ何も出来ねぇ。
特定した居場所の情報を束バッキー先輩にもシェアした俺は、こんな時だからこそ雷の言葉を思い出して苦笑した。
一匹狼をマジで卒業する日がきたらしい。
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