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19〝好き〟の違い ─迅─③
束バッキー先輩から秒で返信がきた。
すでに地元のダチをこっちに向かわせてるとかで、いや高速ぶっ飛ばしても何時間かかんのって話だけどそこには触れなかった。
俺的には、束バッキー先輩のダチは何人来ようが喧嘩要員じゃねぇ。出来れば事後処理をお願いしたい。
あとはガチで震えてそうだった梶原と、直に通話した柴田にも位置情報をシェアした。
こんな事、別に送んなくてもいいかと思えばそれまでだった。
ただアイツらは、マジで雷を心配してそうだし。俺がキレるからってより、雷がヤバそうなヤツに拉致られたと知ってめちゃめちゃ焦ってたからな。
クラスマッチで別クラの一組連中との距離もグッと縮まった、人懐っこい雷。
ただのうるせぇチビじゃないって事が、たった数分話せば分かるほどの短絡的バカ。
連中は、なんで俺と翼から〝雷にゃん〟と呼ばれてるかを知りたがってたんで、俺が直々に、渋々、教えてやった。そしたらソイツらときたら、〝可愛いな、おい〟と満足いくまで笑い転げたあと、全員が愛おしげに雷を見ていた。
そんな目で見るな、俺のだぞ。……っつー危ねぇ言葉は飲み込んだ。
ああやって本質を知ると、雷の魅力がたちまち浸透してつい可愛がりたくなる気持ちが俺にはよぉぉく分かるからだ。
「……雷……ッ」
あからさまにヤバそうな雰囲気の、森一歩手前にあるデカい廃屋前でタクシーは停車した。
同時に、ベテランドライバーの腕を見せつけてくれたオッサンはすぐに後部座席のドアを開けて、急いで降りようとした俺に「ここで待ってます!」と声を張る。
それには右手だけ上げて返事しといた。
「こんな暗いとこに……ッ」
錆び付いたフェンスを飛び越えて、うっすらと見える建物まで目を凝らしながら走る。
途中、伸びきった雑草に足を取られそうになって、焦りは禁物だと自分に言い聞かせた。
「なんなんだよ、ここは……!」
街灯も無い、辺りは林、人が住んでそうな家は来る途中に数件あった程度。
俺は、こんなお約束なヤンキーの溜まり場がある事をまったく知らなかった。五十をとうに過ぎてそうなオッサンですら知ってたってのに、現役ヤンキーの俺はガチで初見だった。
スマホのライトで前を照らし、目が慣れてくるまで草むらをかき分けて進む。
目的地はまさに、建物にツタがはい回るオバケ屋敷。ライトで照らすと、その外観があまりにも不気味過ぎて舌打ちしか出てこない。
「チッ……! 雷にゃんをこんなとこに拉致りやがって……!」
鬱蒼とした佇まいに、さらに心配と怒りが増した。
雷はオバケの類がダメだ。旅館でちょっと驚かせただけで半泣きになって俺に飛びついてきたくらい、苦手なんだ。
見るからにそいつらを呼び寄せそうな場所に拉致られた雷が、今まさにダブルの恐怖に見舞われてる事を思うと、俺の血管がまたプチッと切れた気がした。
「どこから入りゃいいんだ!」
壁伝いに走り、扉っぽいものを探してもなかなか見当たらねぇ。生い茂った草をかき分けるのも、そろそろ埒が明かねぇと思った。
「……割るか」
どこの誰の廃屋かは知らねぇが、俺の可愛い雷にゃんがピンチなんだ。
なりふり構ってられるか。
軽く拳を握って、ガラスに一度触れてみる。
俺ならいけそうだ。
──ガシャーンッ!
ツタの隙間に見えたガラス窓っぽい場所を拳で殴ると、思った以上に重たかったそれは派手な音を響かせ、ギザギザに丸く割れた。
「痛ッて……」
いくつか皮膚が切れたし、割った窓から侵入した時に七万のコートがズタズタにはなったが、ンなもんどうだっていい。
窓を割って、コソコソお邪魔するとはさながら泥棒にでもなった気分だ。
お約束だと思ってた溜まり場は、俺の想像とはちょっと違っていた。
散乱した古い紙切れとか、壊れたベッドとか、床に散らばった錆びた器具とか……かび臭い匂いが充満するここは誰かのくたびれた洋館じゃなく──。
「……病院だったのか」
これは雷がさらにビビる。
そう思ったのは、ホントにここに雷がいるのか半信半疑だった思いが、どこかから聞こえたこもった話し声で確信に変わったからだ。
……雷はここに居る。
俺から半殺しの目に遭うヤシロアツトと、その仲間も居りゃ一緒に殺っちまおう。
「フッ……フフッ……」
キレ過ぎて、なんも可笑しくねぇのに笑えてきた。
頼りないライトで足元を照らし、一歩一歩、ヒソヒソ声の元まで焦らず進んでいく。
こんだけ広いと、闇雲に走り回ったって無駄。耳を澄まして正確に、雷の居場所を特定するしかない。
「……こっちか」
ホントはこの感情のままに突っ走りてぇよ。
切り傷だらけになった拳が、さっきから震えっぱなしでウズウズしてんだよ。
──無傷でいろ、雷。何も思い出すな。
それだけを願って、雷のバカ可愛い笑顔だけ思い浮かべて、廃屋もとい廃病院の廊下を神経さえも研ぎ澄まして歩く。
雷になんの恨みがあって、何時間もかけてはるばるこんなとこまで来たんだ──とかどうでもいい相手の心まで読もうとして、また笑えた。
「……ま、大体分かるけどな」
もし、もしもだ。
輪姦未遂だったその時に、雷をマジで犯してやりてぇって願望がヤシロアツトの中に芽生えてたとしたら。
異常性欲者の執念は、物理的距離なんかものともしない。沸々と溜め込んでた分、爆発の威力は相当だろ。
「それも今日で最期だけどな。ヤシロアツト……ッ!」
不自然に開いた扉を見つけた俺は、そこから覗く気持ち悪りぃ二つの目の中央に向かって拳を振り下ろした。
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