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終・迅雷上等! ─迅─⑨
周りの目なんか、いつも以上に気になんなかった。
黙った雷は、昨日の俺みたいに出会ってから今日に至るまでを反芻してるように見えた。まさしく〝キュンキュン越えてギュンギュンしてます!〟って語りかけてくる猫目が、往来で俺だけを見つめてたからだ。
あんまり熱心にキラキラ見上げてくっから、俺も少しだけグッときてた矢先の事だった。
──……〜〜♪
俺らのスマホが、ほぼ同時に鳴った。
二人の世界に浸ってたせいで、機械音にビクッと肩を揺らした雷が猫目を見開いて視線を外す。
……クソ、誰だよ。
初夜明けの甘ったるいムードをぶち壊す着信音なんかシカトだ、シカト。……ってわけにもいかず。
「……翼だ」
「……先輩だ」
うるせぇから通知を切ろうと、俺たちは珍しく無言で意思疎通し合いスマホを取り出した。
そこで見た着信相手を二人ともが無意識に呟いてしまったのは、──何の因果か。
…………🐾
「雷〜〜!! 心配したのよ!? どうしてコイツを優先したの!? いや、そりゃあ彼ピッピなら優先したってしょうがないのかもしんないけど、あんなビデオ通話であたしが納得すると思う!? ンもうっ!」
「わふッ! せ、先輩……ッ、くるしいッ!」
指定された〝集会〟場所へ行くと、まず最初に雷が束バッキー先輩からの強烈ハグを受けた。
そして俺は、昨日の事態を把握済みで、なぜか束バッキー先輩と一緒に俺らを待ち構えてた翼から、よく分かんねぇ口撃を受ける。
「迅〜向こう十年は俺に忠誠を誓って感謝しろよ〜? あのヘタレ野郎には接近禁止命令ってやつ出す方向になったから〜。これは俺の……親父の名前ありきなんだからな〜? ちょっぱやで処理してくれって頭下げたの俺様だからな〜?」
「……接近禁止命令……」
なんの事? ととぼけるのは簡単だが、昨日の今日でそれはふざけ過ぎる。
確かに翼の親父は弁護士だ。いや裁判官って言ってたっけ。
どっちか忘れたが、法律を扱うめちゃめちゃ偉い人っつーのは知ってる。だから翼は昔から、法に触れるような事とかリスキーな喧嘩を一切しねぇんだ。
実の親父に裁かれたくねぇとか言って。
……てか問題はそこじゃねぇ。
なんで翼と束バッキー先輩が一緒に居るんだ? 面識あったのか?
「昨日いきなりあの人から連絡あってさ。俺女と居たのに一時帰宅命じられてー、親父と話させろ、今すぐ! って脅されたんだぜ〜。まずお前誰だよってなんじゃん? めんどくせぇと思ってシカトしようとしたんだけどさ。でも事情聞いたら雷にゃん絡みだし? これ動かねぇと俺、迅から半殺しじゃね? ってな感じでバッチリ処理したんだぞ〜」
「…………」
俺の心を読んだ翼が、聞いてもねぇのにそう説明してきたんだがワケが分かんねぇ。
別県なのに俺のことを知ってた束バッキー先輩の情報網は、確かに侮れねぇが……。
どうやって翼のことを知って、どんな手を使って身辺洗ったんだ。
謎過ぎる。
「…………」
雷を絞め殺しちまいそうな勢いの先輩をチラ見すると、視線を感じたのかギリッと俺を睨んだ先輩が、のしのし近付いてくる。
「ちょっと迅クン」
「なんだよ」
雷の頭を撫でた先輩は、ツカツカとヒールを鳴らしながら俺と翼の方に迫って来た。と言っても、〝集会〟場所はモールから目と鼻の先のコンビニ……の、裏。
駐車場を拡大するために工事中らしいそこは、フェンスで仕切られた明らかな立ち入り禁止区域だ。
今日が日曜で良かったな。
「まさかアンタ、まさかのまさかよね?」
「何だ? ハッキリ言えよ」
「まさかとは思うけど!! まさかよね!?」
「ヒステリック起こすなって。ンな大声出さなくても聞こえてる」
濁して何を問い詰めたいのか分かんねぇほど、俺は鈍くねぇ。
だからって先輩に報告義務なんか無えんだし、キョトン顔で俺と先輩のやり取りを見守ってる雷を赤面させるようなコト、俺が言うかよ。
昼休みにわざわざ仕事を抜けて来てる先輩の過保護っぷりに付き合えるか。
俺はな、こんなところに呼び出されなきゃこれからメシでも食って、桃尻が平気なら雷が渇望していたクリスマスデートってやつをやり直すつもりだったんだ。
不機嫌とまではいかなくても、なかなか思う通りに行動出来ないもどかしさはある。
まんざらでもない様子の俺のチビ助は、そうじゃねぇみたいだが。
「先輩、昨日はありがと」
「いいのよっ! 雷が無事だったんだから! あのクソ八代なら、ご両親とあたしでキツ〜〜く叱っといたから安心しなさい♡」
「う〜! その笑顔怖え〜!」
キャッキャとはしゃいでる二人を見てると、ガキくせぇ独占欲がムクムク湧いてくる。
ヤシロアツトがどうなろうと知ったこっちゃねぇ。先輩が処理してくれたんなら、俺はそれでいい。
今ここで一番気になんのは、翼と先輩の交友関係だ。
それを聞いてスッキリしてからデートに向かうか……と口を開こうとした俺より先に、もっと不思議そうに首を傾げてる可愛いヤツがズイッと前に出た。
「……で、なんで翼が先輩と一緒に居たんだ? 二人どんな繋がり?」
「あたしの情報網を甘く見ないでちょうだい」
「え、てことは何? 先輩が翼に連絡したのか?」
「もちろんよ! 雷が転校した学校にはどんな輩がいるのかしら。あら、もうお友達できたの。よくつるんでいるのは〝藤堂 迅〟、〝園田 翼〟の二人なのね。まぁ、園田クンのところは親族みんな国家資格をお持ちの立派なお家柄だわ。それならお友達のためにひと肌脱いでくださらないかしら……とまぁ、こんな具合よ」
「どんな具合だよ」
俺は、ここ最近で類を見ないほど最速のツッコミをかました。
めちゃめちゃ簡潔に己の奇怪さをぶちまけてるが、大丈夫か?
これはもはやストーカーの域だ。
おかしいと思ってんのは俺だけじゃねぇはず、と雷のツラを見てみると、よく分かってなさそうな微妙な表情で「へぇ〜」とだけ言った。
いやいや、へぇ〜って。それだけ?
俺からの監視にはあんな憤慨してたくせに、先輩のストーカーは平気なのかよ。
「え〜そんな丁寧な言い方してなかったけどなぁ〜」
茶髪をポリポリかく翼が、意味深にニヤついた。
雷の前では〝誰よりも頼れるいい先輩〟でいたいと見抜いた翼の、俺と雷への告げ口が始まる。
「翼クン、やめなさい♡」
「なんて言ってたっけなぁ……あぁ、そうそう。『雷の友達なんだろ、てめぇ。今から事情説明すっから五分以内に家に帰って親父さんと喋らせろ。言うこと聞かねぇとどうなるか分かってんだろうな? あぁん?』……って脅してきたんだっけ〜」
「やめろっつってんだろ♡」
額に怒りマークをびっしり浮かべた先輩は、それでも雷の前では無闇に手を出さない。
それが分かってて雷の背後に回った翼は、かなり調子のいい世渡り上手だと思う。
「先輩……俺のためとはいえダチを脅すのはどうかと思うぜ……」
「違うのよ、雷! あたしはそれだけ必死だったの! 今後またアイツが雷の前に現れたらどうするのっ? いつも迅クンが見張ってるわけにいかないじゃないっ? 見た目は番犬っぽいけどバイトしてる限り自由度は低いんだから!」
「それ俺のことかよ」
おいコラ。誰が番犬だ。
チラッと目線寄越しやがって。
どさくさに紛れて、告げ口した翼への鬱憤を俺に向けるんじゃねぇ。
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