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終・迅雷上等! ─迅─⑩(終)

 いつかに翼からもそう呼ばれたことがあった俺は、見せつけるようにグイッと雷の肩を抱き寄せた。  不満タラタラで先輩を睨もうとすると、照れた雷がコソッと俺を見上げてきて気が抜ける。  『二人の前だぞ、コンニャロ♡』……と浮かれた声が聞こえたんだが、ついに俺は雷とテレパシーで通じるようになったのか。 「そういうわけだから、迅。さっきも言ったけど俺に向こう十年は忠誠を誓えよ〜」 「…………」  〝鬼の首を取ったよう〟って表現、今のコイツにはピッタシ当てはまるだろうな。  中高腐れ縁の俺と翼は、周りからすると見えねぇ上下関係がずっとあったらしい。俺にはそんな自覚無かったが、実家が金持ちでチヤホヤされ放題だった翼が、何においても俺に勝てねぇとぼやいてたっつー噂を小耳に挟んだことがある。  クラスマッチで二組が優勝した時も、俺にドヤ顔してた翼のことだ。  俺に恩を売ったとなると、昨日からソワソワして眠れなかったんじゃねぇか。だから今、ここに居る……そう考えるのが自然だよな。  バカの一つ覚えみたいに言いまくる〝忠誠〟って言葉に、どれだけの意味があるのか知らねぇが。 「まぁ、……誓ってほしいならいくらでも」 「えッ!? 迅が俺に忠誠を誓うだと!? しかもいくらでも!?」 「お前がそう言ったんだろ」 「やっぱいい! あとが怖えから遠慮しとく! てかすでに睨んでるし! 雷にゃん、番犬のしつけくらいちゃんとしとけよ〜!」 「えぇッ!? 俺ッ!?」  いきなり矛先が向いた雷も、そりゃ声が裏返るって。  ちゃんと黙ってイイ子にしてたじゃん。肩に乗った俺の手のひらにドギマギしながら、現状の把握が難しいってツラで半ば諦めた風に遠い目をしてたが、雷は何も関係無えだろ。  っつーかそんな理不尽な怒りを雷にぶつけたら、──。 「なッ……なんで俺がワンコのしつけしなきゃなんねぇんだ!? どういう会話の流れ!?」  沸点の低いコイツの金切り声は、おそらくフェンスを越えて外にまで轟いてたに違いねぇ。  あーあ。俺知ーらね。 「あのなぁッ、俺はニャンコ派だ! ワンコも可愛いの分かるけど、何考えてんのか分かんねぇんだもん! てか俺、〝バンケン〟って種類の犬を知らねぇし! ブリーダーじゃねぇんだからしつけるなんてムリだし!」 「その〝犬〟じゃねぇよ〜。しっかりしてくれ雷にゃん〜」 「雷……やっぱあんたは守られるべき男ね……」 「はぁぁッッ!?」  翼と先輩は、揃って苦笑いして顔を見合わせた。  このじゃじゃ馬に矛先を向けたこと、せいぜい後悔するんだな。一つとして意味が分かってねぇんだから揶揄いようが無えだろ。  あー可愛い。プンプンしてんの可愛い。 「雷にゃん、落ち着け」 「シャーッ!」  最近ネコ化が顕著だな。  俺に可愛がられてる賜物か? 何でもいいけど、その可愛さをやたらと振りまくと俺の敵が増える一方なんだが。 「話が逸れまくっちゃったけど。迅クン、さっきのまさかは、まさかなのよね?」  複雑な思いで無自覚ニャンコに見惚れてる俺の二の腕を、先輩が軽くパンチしてきてハッとした。  先輩は、俺らの性事情……いや雷のヴァージンが守られてるのかどうかがどうしても気になるらしい。  別に答えてもいいんだけど、わざわざバラすなって雷がパニくりそうだ。 「あー……答えた方がいい?」 「何よ、その言い方!! そのまさかがまさかだって、あたしは信じてたのに!!」 「ンなこと言って、もう分かってんだろ」 「ウソよぉぉッッ!! 〜〜雷ッ! あんた昨日とんでもない目に遭ったっていうのに、よく迅クンを受け入れようと思ったわね!? 無理強いされたのッ!? ……やだッ、そうなのねッ!? あんたとコイツじゃ押し倒されたらひとたまりもないものねッ!?」 「えッ? 先輩、なッ、ななななッ、ナニ言ってんのッ?」 「お、雷にゃんついに処女喪失したの?」 「えッッ!? あッ、しょッ……あッ!?」  ……雷にゃん狼狽えすぎ。バレバレだぞ。  お手本のようにオロオロしだした雷を見た先輩と翼は、俺が告げるまでもなくお察しだ。 「そ、そんなぁぁッ! あたしの雷がぁぁッッ!」 「そっかぁ、雷にゃんもうヴァージンじゃねぇのかぁ〜。ふーん。なるほどぉ〜」 「うッ! えっと、あッ! いやッ、俺は……ッ」 「…………」  雷を溺愛している先輩は発狂。  雷のセカンドヴァージンを狙ってる翼はニンマリ。  ……やっぱそういう反応するんだな。  初夜を言い渋ったのは、雷がパニくって可哀想だからって理由ともう一つ。翼の不気味な性癖を刺激しちまうことを、俺は言いたくなかったんだ。 「はぁ……。とりあえず、先輩はうるせぇ。誓って無理強いはしてねぇから許せ」 「そんなこと言ったってー! うるさくもなるわよぉぉッッ!!」 「翼、お前は金輪際、雷にゃんに近寄るな」 「なんでだよー。狙ったりしねぇから別にいいじゃーん。大事な大事なダチなんだからさ〜」 「そんで雷にゃん、いっこ大事なお知らせ」 「んにゃッ!? お、お知らせッ? 大事な……ッ?」  パニくる雷を引き寄せて、俺は翼に牽制の睨みを向けた。  うるせぇ先輩と翼を黙らせるためとはいえ、わざわざ言いたくなかったコトを雷に伝える。  背に腹は替えらんねぇからな。 「正確には、雷にゃんはまだ半分処女だ」 「んッ? 半分……? 半分って?」 「半分処女って何よ」 「半分ヴァージン? 何それ意味不〜」 「……迅、どゆ事? 半分ってなんだ?」 「昨日、〝迅様〟半分しか入ってねぇんだよ」 「え、……? えッ? えぇぇーーッッ!?」  段階を踏んで驚愕した雷は、猫目を限界まで見開いて大絶叫した。  な、これ以上無えくらい大事なお知らせだろ。  雷は俺に〝これでホンモノの恋人になれた〟とニッコリ笑ってたが、コイツの中で〝処女喪失〟が恋人になる最低条件って曲解してる節がある。  そもそもセックスしてもしなくても、恋人は恋人なんだけどな。  これで先輩も翼も落ち着くだろうと睨んで暴露った俺の読みは、当たった。 「あら、そうなの? ヤリチンだったくせに案外慎重にコトを進めてくれてるのね、迅クン」 「なんだ〜半ヴァージンかよー」 「そ。雷にゃんはまだ半ヴァージン」 「なッ……なッ……!? 半チャーハンみたく言うなッッ!! てかなんだよそれ……ッ! なんだよそれぇぇ!! 俺はてっきり……あんだけ苦しい思いしたのにまだ半チャーハンだってのか……ッ? なんでッ? なんで全部挿れてくんなかったんだ!!」 「雷にゃんのことが好きだから」 「ヒェッ!?」  ンなの決まってんじゃん。即答できる。  こっからは、怒りと狼狽で赤面した恋人を宥める時間だ。  俺が昨日どんな思いで雷を抱いたか、興味津々で俺らを見てる二人の前で事細かく説明する気は無い。  ただ俺は一貫して、常々雷には言ってきた。  心も体も大事にしてぇんだよ。マジで。  二十七センチ下から見上げてくるチビ可愛い恋人の金髪をナデナデしながら、俺は言った。 「苦しくなくなるまで、じっくりゆっくりヤればいいじゃん。半チャーハンでも充分美味かったんだし」 「チャーハンの話……?」 「違えよ。俺らの愛の営みについて話してる。真剣に」 「営み……」 「俺らあとどんくらい一緒に居ると思ってんだ? 先は長えんだ。急ぐことは無え。そう思わねぇか、雷にゃん?」 「──思うッ! 俺もそう思うぜ、迅ッ!!♡」  ムギュッと抱きついてきた雷のチョロさは、時と場合を選ばねぇ。  そして俺は、こんな雷に散々振り回されてるせいで恋人をうまく宥めることを覚えた〝番犬〟……もとい〝彼氏〟。  デートしようぜ、と囁いて抱き上げれば一発だ。 「……て事で、今から俺らクリスマスデート仕切り直すんで。じゃ」 「ンヘヘッ♡ 迅雷上等〜!!」  俺に抱っこされたまま右手を高らかに上げ、気がデカくなった雷がそう叫んだ。  フェンスを抜けると、それが一帯に響き渡ってたらしく歩いてたヤツら全員から注目を浴びた。  だからって別に、俺は何とも思わねぇ。  誰かが雷を咎めようもんなら、俺はそいつに地獄を見せる。理不尽上等。雷は好きなだけ騒いでいい。  いっその事、俺らがラブラブだってそこらじゅうに言いふらしちまえばいいよ。 「…………」 「…………」  俺たちのバカップルぶりを目の当たりにした先輩と翼は、結局最後は一言も口を挟まなかった。  唖然としてたんだろうな。  そんな二人に手を振る雷は最高にご機嫌で、しばらく謎のオリジナルソングを口ずさんでいた。 「迅雷上等〜♪ 迅雷上等〜♪」  ──俺はその日のデート中、ずっとこの歌が頭から離れなかった。  語呂がいいんだよ。  〝迅雷上等〟って。 迅雷上等♡─無欠版─ 終

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