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昨夜降り続いていた雪が止み、目を刺さんばかりに眩し過ぎる日中の光が真っ白な雪に反射している。勝手口を出た将未は空を仰ぐまでもなく、外気の冷たさと乱反射するような眩しさに目を細め、羽織ったコートの襟を素手でかき合わせた。
昨夜は滄は部屋には泊まらなかった。恐らく今日も病院に行った後に店にやって来るのだろう。積み重ねられる日常の段取りを頭の中で確認し、朝、というよりももう昼に近い街中を将未は1人歩き出す。今日の朝兼昼食はコンビニで調達をする予定だった。夜のうちに積もったふわふわとした雪を踏みつつ大通りに出て、それほど交通量の多くはない道路に立つ信号の色を見て足を止める。顔を上げると、向こうの岸で、定食屋の女将である幸世が大きく手を振っている姿が見えた。
「ご飯かい。うちで温かいの食べていきなよ」
信号待ちを経て道路を渡りきってきた背の高い将未を見上げてにこにこと誘う姿に将未は眉を下げて逡巡する。幸世は働き者だ。今もまた、開店前の店の玄関口の雪を除けていたらしい。手袋をはめた手がプラスチックのスコップの赤い持ち手を握っている。
開店する前に食べてしまいなと店に誘われて出された飯の料金を、幸世は時折受け取ってくれない事がある。将未自身は始めから、馳走になる気持ちでのれんを潜ったことはない。だが、将未が半分必死で出そうとする小銭を幸世も店主であるところの主人も受け取ってはくれない事は次第に増えていることにも気が付いている。
コンビニで、と呟きかける将未のコートに今にも幸世の指が伸びそうになっている。その気配に気が付いた将未は、幸世のもう一方の手にあるプラスチックの雪よけスコップに目を留めた。
「...俺、…それ、…します」
「あら。雪かきしてくれるの?それじゃあお願いするわ。その間にご飯作っておく、」
雪かき、と口の中で呟く将未の申し出に幸世は一層笑みを深めた。除雪のお礼として飯を頂くらいは許されるような気がした将未は細く安堵の息を吐いてスコップを受け取る。店の前にはそれほど雪は積もってはいなかったが、商店街並ぶこの通りはいつも綺麗に除雪がされていることを知っていた。そして除雪の作業はかつて身を置いていたススキノの店や、雄誠会での将未の仕事だった。寒い中での作業など苦だと思ったことはない。早速幸世の隣で慣れた手付きでスコップを使い始める将未の横顔を眺めた幸世が、ぽん、と手袋の手で背中を叩いた。
「アンタ、ちょっと変わったね、」
「...?」
「元からいい子だけどね」
どういう意味だろうかと微かに首を傾ける将未に幸世は笑みと鼻歌を1つ置いて店へと入ってしまった。
将未が元々冷たかったり、厳しかったりする訳では無い。無論尖っていた訳でもない。ただ、身に付いていた殻は確かにあり、そこから寂しさや感じている空虚が微かに染み出しているような雰囲気が将未にはあった。
それらが在ったことも、それが和らいだということも本人に自覚はない。だが、幸世の言う通りに何か変わったのならそれは滄といる為だろうかと、考える。
焦がれるような寂しさや空虚さを解消する術は誰かに抱かれるだけなのではないのだろう。自分はその方法しか知らなかっただけだ。ただ誰かと抱き合って眠ることが、体温を分け合い、やがてひとつになるようにゆっくりと染み込んでいくように内心を癒していく。例え忘れられないものがあっても、互いにそれを赦しながら寂しさを埋め合うことで自分は変わって行くことが出来ているのだろうか。
──だとするのなら、自分はずっとこの街で、静かな滄と穏やかに暮らすことが最も良い事なのだろうか。
遠い歓楽街を思う。自分はあの街でしか生きる術を知らなかった。こうして誰も自分のことを知らない街で、知らなかったことを知りながら生きていくことが幸福なのだろうか。
相変わらず雪が眩しく目に刺さる。ざ、と音を立ててかいた雪を、既に背の高い山となって路肩に積み上がっている雪の上に被せてから空を仰ぐ。ススキノは──龍俊のいる場所は同じように晴れているだろうか。ぼんやりと思ってはまた通りに背を向けて雪をかく。
道路に面して2メートル近く積み上がった雪の山の脇を、黒の上等なコートを纏う男が1人足早に駅に向かって行ったが無心に雪を除ける将未は全く気に留めることがない。やがて店内から、幸世の呼ぶ声が聞こえてきた。
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