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EXTRA2─14-1の少し前の話─

「あ。ちょっと滄さん、」 甲野がいる病院を出て立ち寄った店の向かいの食堂で遅い昼食を取った。世間的にランチと呼ばれる時間帯らとっくに過ぎているが、昼前から夜までぶっ続けで営業していることが、小さな街で営まれているこの店の繁盛の理由だろう。店主や女将や、1人だけ座っていた他の客と会話を交わすこともせず、いつものように淡々と焼きそばをくらい、会計を済ませて店を出ようとした滄を幸世が慌てた様子で呼び止めた。 「忘れるところだったわ。これこれ。これ将未ちゃんに、」 今日の昼定食の残りなんだけど、と一度厨房へと消えた幸世が四角い保存容器を手にパタパタと足音を立てて戻ってくる。差し出されるままに受け取った容器の底はほんのりと温かく、それなりの重量があるように感じた。 「鶏の唐揚げ。冷めたらあっためて食べてよ」 「…ありがとうございます」 将未が街に訪れた時にこの店に連れてきて、幸世と顔を合わせておけば自分が気を配ることが出来ない部分を補ってくれるだろうという算段があったのは、滄自身がかつて街に住み着いた時に幸世にそうされた記憶があったからである。 案の定、というより予想通り、幸世が何かと将未の世話を焼きたがってくれていることは知っている。狭い街での客商売をするだけあり、殊更他人のことを吹聴する性質ではないが、将未に関しては何か変わったことが起こった際に──それがほとんどどうでも良いと言ってしまえることであっても──こっそりと滄にだけ伝えてくれる。こうして細々とした食事を貰うことも初めてではない。幸世が持たせてくれる料理は、受け取った将未に誘われて自分も口にすることになるのだ。ぺこ、と頭を下げると幸世はふっくらとした顔を崩して笑った。 「将未ちゃんは鶏肉が好きだからね」 「──そう、なのか」 意外なことを聴いた気がした。 将未は感情が読めない。そして未だに何を考えているのかわからないような節がある。客観的に見るのなら、滄もまた表情や感情の起伏が薄い傾向にあるのだから人のことを言えた質ではないが、将未の方はその一方でひどく単純な構造をしていると感じる時がある。そんな将未の好き嫌いを聞く機会は確かに無かった気がする。保護をした、と言いながらも将未はいい大人である。基本的に放任、というよりも過度に世話を焼いても良いことがないことも、自分が世話を焼いてしまう性分であることも知っているから適度に距離を取っているつもりだったが、そんな取るに足らないような事を知ろうとすることまで遠ざけてしまっていたらしい。 目を瞬かせる滄を見上げた幸世が不意に得意げな目をしたかと思うと両手を腰に当てて胸を張った。 「知らなかったのかい。あの子なんでも喜んでよく食べるけどさ、親子丼とか唐揚げとか手羽の煮たのとか鶏が好きみたいだよ」 「……」 知らなかった、と口にしたくない程度にはほのかな悔しさが生まれていることに内心で戸惑った。保護者である自分が知らないことをこの女将は知っている。これがマウントを取られるというやつだろうか。表情は変えないまでも、むっつりと黙り込んでしまった滄に幸世はころころと笑い、ぽんぽんと2つ男の背を叩いた。 「まあ、年季の違いだべさ、」 語尾の訛りが柔らかさを滲ませる。幸世は店の女将であり、もう独立して街を去った子供の母親である。滄とは年季も経験値も違う。 それでも募るうっすらとした敗北感と共に唐揚げが入った容器を抱えながら、恐れいったような目をした滄はもう一度小さく頭を下げた。

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