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第九話(碧葉視点)

Side 碧葉  ~一年前春~ 「一目惚れしちゃったんだけど、良かったら俺と付き合わない?」 またか、何て出そうになった言葉をため息と一緒に呑み込んで哀れにも勘違いをしている目の前の青年へと即座に言葉を放つ。 「ごめん、勘違いさせて悪いんだけど僕、男なんだ。だから君と付き合うのは無理、ごめんなさい」 そう言った僕の言葉に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした青年に申し訳ないな……なんて気持ちは一切わかない。 何せこれでもう何回目だよって感じだしなぁ…… 今朝、大学デビューとして思い切って女装をしようと鏡の前で変身してみれば、元が良いのも相まって中々どうして、可愛らしい可憐な少女のような姿をした自分が鏡の中にいた。 姉が2人いる影響か、小さな頃から可愛いものが好きで、可愛い服で自分を着飾ったりすれば周りも褒めてくれて自分が女の子の格好をすることに違和感なんて感じることの無い幼少期を過ごした。 けれど年齢を重ねていくうちに男の子は男の子の格好、女の子は女の子の格好をするのが普通の事で、僕が女の子の格好をすることは世間一般的に考えればおかしいことなんだと言う事に気が付いた。 けれど僕は家族に恵まれていて、姉2人や母親だけでなく、父親も碧葉は可愛いんだし、好きな恰好をすればいいんだよなんて言ってくれた。 でもいくら家族がそう言ってくれても堂々とこの格好をすることが出来ずにいた僕の背中を押してくれたのは高校の友人のある言葉だった。 その友人からの言葉に吹っ切れて、折角の人生、一度きりなら一度くらい自由に、自分の好きな恰好で過ごしたいと、思って女装をして大学の入学式へと足を運んだわけだけど、失敗だったかなぁだなんて、ほんの少しだけ後悔が今、僕の心には浮かんでいた。 入学式が終わり、さぁ帰ろうかと思った僕を襲ったのは次から次へとされる告白の嵐だったのだ。 いや、まさかこんな事になるなんて、と、言う言葉をリアルに言う事になるとは思わなかったし、皆大学生になって浮かれてんのかな?と、少し辟易してきていたのだ。 そう思いつつ目の前の青年の姿をまじまじと見る、それに何だか結構チャラそうって言うか、付き合わない?って上からと言うかなんと言うか、もし僕が本当に女の子だったとしても絶対苦手なタイプだしな。 そんな風に考えていれば先ほどまで固まっていた目の前の青年がフルフルと震えだし、顔を真っ赤にして 「だ、騙したなぁぁぁぁぁ!?」 なんて、酷い言い掛かりをするものだから 「いや、騙したも何も勝手に勘違いしたのはそっちでしょ。それに人に対して指ささないで、普通に失礼だから」 と、返せばぐぬぬ、だなんて変な声を出した後再び青年が吠えた。 「名前は?!」 「え、」 「名前!」 「いや、人に聞くならまずそっちから名乗りなよ」 「……羽月詩音」 「へー、何だか可愛い名前だね」 見た目と似合わず、いや、似合ってるのか?よくよく見ると可愛らしい顔立ちをしていると思う、チャラそうだけど。 「かっ…?!」 「か?……あぁ、名前だっけ、僕は藤堂碧葉だよ、よろしくね羽月くん」 「だ、だ、誰がよろしくなんてしてやるか!藤堂だな、この屈辱絶対忘れないから、おぼえてろよぉぉぉ!」 そう、叫びながら走り去った羽月くんを見て思わず 「いや、下っ端のやられ役かよ……」 なんて言葉が僕の口からは溢れていた。 いや、と言うか嵐みたいな子だったな。 この時の僕はまだ知らない、おぼえてろと言った言葉通り何かと彼が突っかかってくるようになる事を、そしてそんな彼と不思議な縁で繋がっていく事になることを。

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