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第十話(詩音視点)

Side 詩音 ~一年前春~ 運命だって、思ったんだ。 まるで神様に仕組まれたみたいに大勢の人が群がる中、たった1箇所に視線が惹き付けられて、その姿を一目見た瞬間、トクンだなんて心臓が跳ねた。 周りの景色が慌ただしく変わっていく中、俺は1人その場に立ち尽くして、視線を外すことが出来なくて、気がついた時には走り出していた。 「ねぇ!」 俺の声にキョトンとした顔で振り向いた目の前の人物に心臓が駆け足になる。 それを落ち着けるように小さく息を吸った。 「一目惚れしちゃったんだけど、良かったら俺と付き合わない?」 「ごめん、勘違いさせて悪いんだけど僕、男なんだ。だから君と付き合うのは無理、ごめんなさい」 あぁ、それなのに、運命だと思ったのに、こんなのって無いよ。 いや、ある意味運命からは逃れられないってことなのかな? 結局俺は普通にはなれないんだ、普通とは、違うんだ。 それを突きつけられたみたいで、酷い言い掛かりだとは思ったけれどそれでも 「だ、騙したなぁぁぁぁぁ!?」 なんて言葉が思わず出てしまっていた。 「いや、騙したも何も勝手に勘違いしたのはそっちでしょ。それに人に対して指ささないで、普通に失礼だから」 そう、返してくる目の前の人物にその通りだと、冷静な部分の自分は深く頷くのに思わずぐぬぬだなんて間抜けな声が出る。 けれど一度暴走した気持ちは止まらなくて 「名前は?!」 と、思わず尋ねていた。 「え、」 「名前!」 「いや、人に聞くならまずそっちから名乗りなよ」 「……羽月詩音」 「へー、何だか可愛い名前だね」 「かっ…?!」 何でもないように投げかけられたそんな言葉に思わず変な声が漏れる。 けれどそんな俺の事なんて大して気にすることも無く目の前の人物は言葉を紡ぐ。 「か?……あぁ、名前だっけ、僕は藤堂碧葉だよ、よろしくね羽月くん。」 そうやってふっと笑った顔が眩しくて、これ以上ここにいたら余計な事を更に言いそうで、これ以上暴走をしない為に 「だ、だ、誰がよろしくなんてしてやるか!藤堂だな、この屈辱絶対忘れないから、おぼえてろよぉぉぉ!」 なんてやられ役が言うようなセリフだなと内心では自分自身が呆れてため息を吐いたけれど、そう叫ぶしかできなかった自分を情けなく感じながらその場を走り去っていた。 ◇◆◇ ~1年後春(現在)~ それから何やかんやあって、と言うか主にりんりんのせいで俺は女装男子……藤堂と一緒に過ごす時間が増えていたりする。 いや、2人っきりでは決してないから良いんだけどね! そんな事よりも俺は自分の気持ちを誤魔化すためについ、藤堂を見かけると反射的に思ってもいない暴言を吐いてしまうのだ。 そう、俺は一年前、運命だと感じたその瞬間から藤堂に恋に落ちてしまった。 幼い頃から自分が普通と違う事には薄々気が付いていた。 俺の恋愛対象は物心ついた頃からずっと男の人、つまり同性なのだ。 けれどそれは決して周りに知られてはいけない、バレてはダメ、なんだ 『きもちわるい』 脳裏を過ったのは過去の記憶で瞬間呼吸が浅くなり、忌々しい過去を振り切るように大きく頭を振って深く深呼吸をして胸に手を置き呼吸を落ち着けようと必死になる。 もう二度とあんな思いはしたくない。 だから大学生になって俺は女の子が好きだと言うアピールをした。 自分の本当の気持ちを隠す為に、決して本心を他人に知られることの無いように。 実際女の子は好きだ。 恋愛の意味で好きになることはないけれど、それでも過去のせいで同年代の男に対して苦手意識を持ってしまった俺にとって圧倒的に女の子の方が話をしていて楽なんだ。 けれどりんりんとめいめいは別だった。 なんでか、なんてのは分からないけれど一緒にいて体が強ばることも、声が上擦る事もない、自然体で接せられる。 でも藤堂は、藤堂がいると例えりんりんやめいめいと一緒にいても俺の心臓は言うことを聞いてくれなくて、まるで短距離走を走った後のように呼吸は乱れて心臓が早鐘を打つ。 そんな自分の様子やこの気持ちがバレるのが怖いのと、余計な事を言ってしまう前に心に余裕がない時はいつも早々に撤退してしまうんだ。 けれどそれにしたって自分の感情を隠すにしてもあれは言い過ぎだろもっと他に言い方あっただろ俺のばか!! 先程の食堂での会話を振り返って、誰もいない教室なのをいい事に思わず頭を抱えてぶつぶつと吐き出してしまう 「うわぁ、うわぁ、またキツい言葉言ってしまった、絶対嫌われた、いやそもそも嫌われた方が良いのでは?いやいや、でもあんな酷い暴言吐く必要無かったよね、でもでも急に来られたら心臓に悪いし、そもそもりんりんに声掛けてたんだから俺は黙ってれば良かったのでは……?うぁぁぁ」 そんな風に1人、大反省会をしていれば廊下がガヤガヤと騒がしくなってきた。 恐らく次の講義の為に人が集まってきたのだろう。 そう考えていれば扉がガラッと開き、次から次へと人が入ってくる。 「あれ、詩音くんだー」 「あ!本当だ、どうしたの?何だか元気ない?」 「えー!何か落ち込むことあったの?大丈夫?これ食べて元気だしてー」 「私も飴ちゃんあげる!」 そう言いながら鞄をガサガサと探りながら女の子達が次から次へと俺の目の前にお菓子を置いてくれる。 中には頭を撫でてくれる子もいて、女の子はやっぱ優しいな~癒されるな~だなんて考えていればほんの少しだけ沈んでいた気分が浮上する。 「へへ、皆ありがとー」 そう笑って言えば女の子達は一瞬固まった後、一斉にギューギューと抱きしめられて窒息するんじゃないかな、と命の危機を感じた。

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