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第18話

「別に大丈夫だ」 ぽつりと呟いた俺の髪の毛に、アキラが優しく触れた。 『光輝…』 一度たりとも、忘れた事の無い人の笑顔が浮かぶ。 『光輝の髪の毛は、柔らかくて気持ちが良い』 ふわりと笑い、俺の頭を撫でた手を思い出してアキラの手を払う。 「止めろ…。そういうの、もう必要無い」 俺はそう言ってベッドから身体を起こす。 「もう少し、休んだでたらどうだ?」 心配そうに顔を歪ませるアキラに 「ちょっと出掛ける」 と言い残して屋敷を出た。 今の時間は4時過ぎ。 赤司が戻るのは7時。 外に行くにしても、山の上にあるこの屋敷から出るには車が居る。 俺は舌打ちをしてから、小高い山にある大木に登って空を見た。 今でも時々、1人になりたい時は此処に来る。 木の上に登り小高い山から街並みを見下ろすと、丁度真っ赤な夕陽が空へゆっくりと沈む。 それはまるで、自分がどこまでも暗い闇へと堕ちて行くような錯覚に陥る。 赤黒く染まる夕陽は、まるで血の色のような色で青い空をゆっくりと赤に染めて行く。 まだ…宏を思い出すと心が揺れる。 鬼になると……、悪魔になるんだと誓ったあの日から2年が経過していた。 誰と肌を重ねても、いくら快楽に身を投じても、決して心は満たされることは無い。 乾いてカラカラになった感情を抱え、ただ復讐の為だけに生きている俺を、誰もが「美しい」と評価する。 赤司がいつだったか、俺を大輪の深紅のバラだと言った。 俺を血の色で染まった真っ赤な薔薇だと言うのなら、薔薇の棘に猛毒を仕掛けてジワジワと快楽だけを与えてゆっくりとお前等のその身体に毒を注ぎ込んでやる。 真水に一滴墨汁を垂らしてもすぐ黒くはならないように、少しずつ、確実にその身体を蝕んでやる。 そしてその毒に気付いた時はもう手遅れで、お前等が床を転げ周り、もがき苦しむ姿に最後の止めを刺してやる。 そう…絶望という名の剣で、お前が悲鳴を上げて絶命するまでずっと…。 いつの間にか夕陽が地平線に消え、星が瞬き始めた。 俺は木から飛び降り、赤司が戻る車を出迎えに行く。 もう…自分が愛し、そして愛されたあの幸せで暖かな日常は戻らない。 それでも時々、宏の腕が…声が…匂いが…温もりが恋しくなる。 まだ、こんなに愛している。 まだ、こんなに求めている。 自分を貫く熱さも、受け入れる温もりも忘れられない。 自分を抱き締めるように腕を組み、目を閉じる。 「宏…」 ぽつりと愛しい人の名前を呼んでみた。 でも…返ってくるのは、風のざわめきだけ。 俺が小さく笑うと門が開く音が鳴り、車のエンジン音が近付いて来る。 閉じていた瞳を開くように、ゆっくりと…俺の中の鬼が目を覚ます。

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