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第5話
「あれ、優志だけか?」
リビングには優志がいるだけなので、子猫達はどうしたのかと聞いてきた。しょぼくれていた優志は顔を上げると出て行ってしまったとつまらなそうに口にした。
ソファーに座る優志は直ぐに顔を伏せてしまった。情けなく眉が下がり、肩を落とした姿は寂しそうに見える。
「そっか……」
隣りに座った樹は、慰めるように優志の頭を撫でた。髪の毛を優しく撫でられ、おずおずと顔を上げる優志はそれでもまだ気落ちした様子だ。
「ごめんな、人見知りするのかな……」
「ううん……オレこそごめんね……」
嫌われちゃったかな……ぽつりと小さく呟く。樹はその声に大丈夫と言い聞かせるように、撫でていた手で肩を掴むと胸に引き寄せた。
「……優志」
額に落ちるキスに顔を上げる。優しく慰めて甘やかされ、優志の心は少しだけ浮上する。子猫のおかげでこんな風に優しくされているから複雑だったが、今しばらくはこのままで居たかった。
このまま樹を独り占めしたかった。だが、優志の気持ちなど知らない樹はその態度を勘違いしていた。
「寝室に行っちゃったかな、連れてくるよ」
「え……」
樹は子猫が懐かなく落ち込んでいる優志の為と思って立ち上がり、リビングから出て行こうとする。急に消えた優しい温もりに優志は慌てて手を伸ばした。
「優志?」
「……あ……」
引き止めたものの、自分の為と思い連れてこようとしている樹に、このままでいいと言っていいものかと優志は迷った。
戸惑っている優志を遠慮しているものと思ってか、笑いかけると大丈夫だからと言ってやんわりと手を退かせ、樹はリビングから出て行ってしまった。
「……ちがうのに……」
独り残された優志は寂しそうに呟く、その声は虚しくもリビングの空気に消えた。
本当は樹がいてくれればそれでいいのに。子猫と遊びたいとは思うけれど、今日ここに来たのは樹に会う為だ。
もっと沢山話をしたいのに。もっと沢山樹に触れたいのに。もっと沢山キスしてほしい、キス、したいのに。
もっと沢山……側にいるだけで……それだけでいいのに。
ソファーから立ち上がると、足早にリビングを出た。駆ける程の距離ではないけれど、心は全力疾走だ。
寝室に飛び込むと、ベッドの下を覗き込んでいる樹がいた。
「樹さん」
「あぁ、優志、ごめんな、何かベッドの下に潜っちゃったみたいなんだよ」
樹の隣りで同じように膝を付き、四つんばいになってベッドの下を見てみると、奥の方に小さな二つの毛玉が見える。
「ほら、出て来い、お前達」
必死な様子の樹に、優志は部屋の中をキョロキョロと見回した。目当ての物は壁際の棚の上に放置されていた。
目的の物を手に取ると、優志はベッドの中へとそれを突っ込んで振ってみた。
「おいで、おいで」
樹が言っていたのを思い出したのだ、それは子猫達をあやす為の玩具、猫じゃらしだ。
ふさふさの白い尻尾のような物が先端に付いた棒を振っていると、子猫達がそわそわしだす。それをゆっくりとベッドから誘い出すように手前に引いていくと、子猫達もそれに合わせのそのそと這い出てきた。
出てきた子猫二匹を樹の大きな手が捕まえる。ミャーミャーと啼く子猫を抱きかかえるとほっとした表情を作った。
「じゃあ、そのまま……優志??」
子猫を抱えたままの樹を、優志は正面から抱きしめた。抱きしめたというか、しがみ付くように背中に両腕を回して。
ずっとこうやってぎゅってしたかった。正確に言うならば、ぎゅっとして欲しいのだが。
肩に額を押し付け顔を伏せているので樹から表情は見えない。樹の両手は猫を持ち塞がっているので、ただ間抜けな表情で立ち尽くすしか出来ないでいた。
「優志、どうした?」
「……どうもしない……」
「どうもしないって事はないだろ、ほら、こいつらと遊ばないのか?」
「……いい……」
「……いいって……」
折角優志の為に飼ったというのに、これでは何のために大変な思いをしているのか分からない。しかし、懐かない子猫に愛想尽かしてしまったのだろうかと、樹は心配そうに恋人を呼ぶ。
「……優志……」
「……オレ、子猫と遊ぶ為に来たんじゃない……」
「……え?」
「……樹さんに……会いに来たのに……それなのに、樹さん……ねこばっか構う……」
拗ねたような口調になってしまった。呆れられるだろうか、うざいと思われるだろうか……嫌われたりしないだろうか。
口から出てしまった言葉は取り戻せない、黙ったままの樹に益々自己嫌悪で落ち込む。
「……ごめんなさい……」
懐かれない自分が悪いのに、顔を上げられないまま背中に回した腕を解く。このまま帰った方がいいだろうか、後ろ向きな性格が顔を出す。
「優志」
「…でもごめんなさい……オレ、帰るね……ねこ……オレ居ない方がいい……」
「優志」
ぐるぐると悩み出した優志の頭上に今日一番の優しい声が降る。その声にゆっくりと顔を上げると、苦笑いをした樹と目が合った。
「帰るなんて言わないでくれ……オレだってお前を待ってたんだぜ……」
「……いつきさんも……?」
「当たり前だろ……優志が猫と遊ぶのが見たいなって思ってたけど……オレがお前に会いたかったっていう方が強いんだから、帰るなんて言わないでくれよ……」
「……ん……ごめんなさい……」
「ちょっと待っててくれ」
「え……?」
樹は子猫を抱えたまま寝室を出て行ってしまった。
残された優志は自分の言った我侭に、今更ながらに赤面する。猫に嫉妬していると言ってしまった……呆れていないだろうか……。
不安になる。だけど帰るとはもう言い出せない。どうしようかと思っていると、樹は直ぐに戻ってきた。
「優志」
「……ねこは?」
「リビング……ここに居ると集中出来ないからな……」
「あ……」
「……優志……」
先程優志がしたように、大きく広げた腕の中に抱きしめられた。ぎゅうっと力強い抱擁に、今まで心も体も固くしていた優志から力が抜けた。
「……ずっと……こうしてほしかった……」
「ごめんな、来て直ぐにすればよかった……」
「ううん、いいの……オレ、汗臭かったと思うし……」
「優志の汗なら気にならないって言っただろ」
「……樹さん……」
「してほしかったのはこれだけ…?」
真っ直ぐに瞳を見つめられ、問われる。優志は見つめ返したまま、更に頬が熱を持つのを感じていた。
「……キス、してほしい……」
「……優志」
樹の低い声が好きだと思った。もっとその声を聞きたいけれど、今はキスがしたい。
優志が瞳を閉じると、それが合図だったかのように樹の唇が重なってきた。柔かく押し当てられ、上唇を軽く食まれる。開いた唇の間から侵入した舌は、ゆっくりと時間を掛け口内を巡る。
舌を絡ませ合い、唾液が混じり飲み込みきれなかったそれは口の端から零れるが、それでも唇が離れる事はなかった。
深く長い、それは貪るようなキス。苦しくて、唇が離れると喘ぐようにして空気を求めた。だけど、又直ぐにそれは重なる。まるで初めから合わさって一つのものだったかのように。
「……はぁ……樹、さん……」
キスが終わった頃には二人の息は上がっていた。それはキスの為でもあったし、気持ちが高ぶり、体が熱を持ち始めたせいでもあった。
「……キスだけ……?」
「……樹さん……」
欲望を隠そうともしない雄の顔が牙を剥くように、笑う。熱に浮かされたような瞳で樹を見つめ、恥じらいに震える声を出す。
「……して……」
「……何、してほしい?」
意地悪く笑う樹は優志の熱望を知っていて恍けた事を言うのだ。さっき見せた雄臭い顔はもうどこかへいってしまったようだ。
優志は恥ずかしくて、照れくさくて、そして少しだけ拗ねたような口調で、樹の望む答えを口にした。
「……セックス」
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