「……樹さん……ねこ、ないてる……」 「……あー……そうだな……」 　ベッドの上で情事の後の気だるさをそのままに、優志は寝室の外から聞こえている小さなニャーニャーという声に耳を澄ました。 　声と共にカリカリと扉を擦るような音もしている、子猫達が中に入りたがっているのだ。もしくは樹を探しているのかもしれない。 「……眠いなら寝てていいぞ、今晩は泊まっていくか？」 「うん…泊まっていっていい……？」 「あぁ、じゃあ、もし出られるなら夕飯はどこか食いにいくか」 「うん」 「起きるのか？」 「うん……」 　半身を起こしベッドの淵に腰を掛ける。床に散らばった服を拾い上げた優志を見て、樹の視線が穏やかなものから心配そうなものに変わる。 「大丈夫か？」 「……ん、へいき……っていうか一回……だったし……」 　激しくされたり、中で出されたりもしてないのでそれ程の負担はなかった。稽古中という事を考えてくれての行為だったのだろうと思う。 　物足りないような気持ちもあったが、その気遣いが嬉しかった。そして同時に我慢してくれたのかな、そう思うと申し訳ない気持ちにもなる。 「……ごめんね……」 「なにが？」 「………舞台……終わったら少し長い休みが出来るから……そしたら……休みの間泊まりにきてもいい……？」 「勿論……待ってるよ」 「うん」 　軽くキスをして寝室を二人して出ると、子猫達は直ぐに樹の足に絡み付いてきた。 　それに苦笑いをして優志は先にシャワーを借りる事にした。優志の後に樹が入り、その後はお土産に貰った水羊羹を二人で食べようという事になっていた。 　だからシャワーから戻った樹は、リビングよりも先にキッチンに入った。冷蔵庫から水羊羹の入った白い箱を取り出すと、いそいそとリビングへ戻る。 「優志」 「あ、樹さん！」 　床に座り込んでいた優志が振り返る。その手には寝室で使った猫じゃらしが握られている。樹はおやっと思って優志を背後から覗いた。 　優志の前には白いふさりとした尻尾に飛びつきじゃれあう二匹の子猫達がいた。大きな目で猫じゃらしのしっぽを追うソラの細い尻尾を、ウミが楽しそうに追いかけている。 「何かね、遊んでたら逃げなくなった！」 　キラキラと輝いた瞳が樹を見上げる。その嬉しそうな顔を見て、樹も穏やかに微笑む。 「良かったな」 「うん！写真も撮ったんだ、でもね、すぐ動いちゃって上手く写せないんだ……」 「そうか」 「かわいいね」 「……そうだな」 　可愛いのは子猫達もだが、目の前で笑う優志だと思う。 　この後上手く撮れなかったという写真達を見て、二人して笑った。この時まではこの部屋に猫を連れてきて本当に良かった、と樹は思っていた。 「……優志……出かけない？ホントにデリバリーでいいのか？」 「うん、だって、寝ちゃったんだもん……起きちゃうでしょ？？」 「……そうだな……」 　遊びつかれた子猫達は優志の膝の上で眠ってしまった。 　夕飯にはまだ時間は早かったが、買い物でもしながらぶらぶらとデート気分を味わいたい。などと思っていたのに、である。 　さっき自分が起きないかと心配した事などキレイさっぱり忘れている樹は、優志の膝の上で暢気に眠っている子猫達を恨めしそうに見つめた。 「かわいい～、いいな、やっぱりペットが居ると癒されるよね」 「……そうだな」 　優志はさっきから膝の上の子猫ばかり、いい子いい子と優しく撫でる。更に視線もずっと俯いたままだ。ちっとも癒されない。いや、可愛い優志を見ているのは充分癒し効果はあるのだが、その視線の先を思うと癒されない。 　子猫達に焼もちを焼いていた優志を思い出す、猫ばかり構うと言って拗ねていた優志。これでは同じだ、優志の寂しい気持ちが理解出来た樹は隣りに腕を伸ばした。 「……樹さん？」 「……オレも優志の膝枕で寝たいな……」 「……眠いの？」 「……あぁ」 　眠かった訳ではなかったが、勘違いしているのか優志は小猫を腹の近くに抱きかかえ、スペースを作ってくれた。 「狭いかな？」 　ちょっと狭いが寝れなくはなさそうだ。優志の膝の上に頭を下にしてソファーへ半身を倒す。狭いというか、頭が落ちそうで不安定だ。 　優志もそれを感じたらしく、ちょっと待ってね、と言うと子猫を抱きかかえ、樹にもっと腹の方へ頭を寄せるように言った。 「はい、これで大丈夫」 　そして抱えていた子猫達を樹の首と鎖骨の間に置いた。温もりは暑い、とまではいかないがくすぐったい。 「……優志」 「あ、写真撮っていい？超かわいい！やばい、これ待ち受け決定だ」 「……そうか」 　はしゃいだ声でスマートフォンを向けてくる優志の楽しそうな顔を見てしまえば、止めろとも言えない。 　カシャリとシャッター音がリビングに響く。撮った画像を嬉しそうに見せてくる優志に樹は苦笑いだ。 「少し、昼寝しよっか」 「……あぁ」 　さっき子猫にしていたように、優志は樹の髪を優しく撫でる。子猫になった気分のままに目を閉じた。 「おやすみ、樹さん」 「……おやすみ、優志」 　眠るつもりはなかったが、樹はそのまま直ぐに眠りの世界に引き込まれていった。 　優志はすやすやと眠る樹と小猫子達にもう一度スマホを向け、写真に収めると満足そうに笑みを浮かべた。 「……癒されるな……」 　夏の日差しは白いカーテンに遮られ、柔らかな光となってリビングに差し込んでいる。 　これからの稽古中何度も見て活力となる画像を見つめ、優志も瞳を閉じ穏やかな午睡の世界に旅立っていった。 完