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第4話

「お前達、よじ登ってくるなよ……」 「何回外してもダメだね……樹さん、猫連れて向こう行ってて」 「……悪いな……」 「いいよ、出来たら運ぶね」 「あぁ、ありがとうな」  子猫二匹と去っていく樹を少しだけ恨めしそうに見てから、優志は昼食の準備を再開した。  二人でキッチンに立っていると、起き出した子猫達が樹の足に纏わりつき、よじ登ってきた。何度も猫を下ろし、ソファーまで連れて行くのだが、二匹は懲りないようでまた樹の足によじ登る。  二匹は樹を完全に親かもしくは玩具だと思っているようだ。リビングの方から樹の声と子猫の甲高い鳴き声が聞こえてくる。 「……いいなぁ……」  溜息と共に零しながら優志はちらりとリビングの方を見遣ったが、直ぐに意識をまな板の上のきゅうりに集中し包丁で刻み出した。 「……また寝ちゃったね……」 「あぁ……良く寝るんだよな、又そのうち起きるよ、そしたら遊んでやってくれ」 「ん……」  残念そうに籠の中を覗きこむ優志の肩を宥めるように叩いて、ソファーへと優志を誘う。  昼食の冷やし中華が出来る頃には子猫達は遊び疲れてか、二匹共籠の中で寝り始めてしまった。籠を部屋の隅に押しやり、二人で昼食を食べた。  食べ終わって籠を覗いて見るが、子猫達が起きる気配はない。また遊び損ねたと優志は残念がった。 「樹さん、手に傷がいっぱいだね……」  隣りに座った樹の手を取ると、小さな引っ掻き傷が無数に付いている。それを見て顔を顰めた優志だったが、当の樹は慣れてしまったのか苦笑しているだけだ。 「沁みない?」 「まぁ、ちょっとな」  冷房の効いた室内なのでくっついていても暑さは感じない。だが、ここへ来るまでに汗を掻いた事を思い出した優志は、樹との距離を0センチから少しだけ開けた。 「……優志?」  それに気付いた樹が怪訝そうに尋ねる。 「……オレ、汗臭くない?結構汗、掻いたよ……ごめんね……」  せめて部屋に入る前に汗拭きシートなどで体を拭いておけば良かったと、今更ながらに後悔する。樹はそんな優志の様子など気にも留めず、そうかな?と首を傾げながら優志の体に顔を近付けてきた。 「わ、だから、オレ汗臭いってば」 「いや、別に気にならないけどな」  くんくんと鼻を動かす樹を押しのけるようにするが、効果はないようで、逆に優志はソファーに押し倒されてしまった。 「……樹さん……だから……」 「……シャワー使って良いよ、そうしたらいいだろ?」 「……ん……じゃあ、借りる……」  恥ずかしそうに伏せた瞼にキスを落とすと、樹は体を横にずらした。優志は腕を取られソファーから起き上げられる、そのまま立ち上がり着替えを取りに寝室へと二人で移動をした。  付き合いだしてから、優志は自分の服や下着をこの部屋に置いてもらうようにしていた。何枚かある着替えから適当に選び出し、それを持つと脱衣場の中に一人入っていった。  優志がシャワーを使いさっぱりしてリビングへ戻ると、樹の膝の上には子猫が二匹丸くなっていた。 「起きたの?」 「あぁ、だけど膝の上に乗ったら又寝ちゃったんだよな……」 「……樹さんもシャワー使う?」 「そうしたいんだけどな……」  立ち上がるのを躊躇うのは子猫の為だろう。優志は樹の隣りに座ると、自分膝をポンポンと叩いた。その瞳はキラキラと輝いている。 「こっちに移動してよ、オレ見てるから」 「……起きないかな?」 「……でも、樹さんお風呂行けないでしょ……」  少しだけ不満が滲んだ声が出てしまい、優志は慌てたように付け加えた。 「オレ、見てるから入ってきてよ……」 「あぁ、分かった」  子猫二匹を大事そうに、ゆっくりと持ち上げ優志の膝の上に下ろす。子猫はまだ寝たままだ、優志は膝の上の温もりに自然と頬を緩めた。 「えへへ、やっぱり可愛い……」  優志の膝の上ですやすやと眠る子猫に安心したような表情を見せ、樹はリビングを後にした。  最後に冷たい水を浴びてきていたし、リビング内は冷房が効いているので涼しいから子猫が膝に乗っていても不快な感じはしない。  その仄かな温もりは愛しいが、少しだけ優志は子猫達に嫉妬していた。部屋に来てからというもの、自分よりも子猫優先で樹が行動しているように思えるからだ。 「……でも可愛いもんな……」  こうして一人子猫達を見ていると、その可愛らしさが余計に伝わってくる。特に二匹が丸くなって寝ている姿など、何時間見ていても飽きない程に可愛い。  だけど、と思う。少し位は自分にも構って欲しい……。  素直にそれを口にしたいが、子猫に嫉妬していると思われるのは嫌だ。心が狭いと思われそうだし、うざいと思われるかも知れない。 「……あ、起きた」  目を開けた子猫は丸い目で優志を見上げると、何故かダッシュで膝から降りソファーの影へ隠れてしまった。しかもソラが逃げ出すと、後を追いかけるようにウミまで逃げてしまった。  内心むっとしながら優志は子猫を追いかけるようにソファーから立ち上がる。 「逃げないで、おいで」  人間の言葉が通じる筈もなく、子猫達は優志が追ってくると分かるとぴゅーっとリビングから出て行ってしまった。 「……なんで逃げるの?!」  さっきは樹が一緒だったから逃げなかったのだろうか。いや、優志には懐かずずっと樹によじ登っていたのを思い出す。  ……嫌われちゃってるのかな……。  太一の家の子猫が懐っこいだけに、ショックだ。子猫に嫌われたら樹にも嫌われるかもしれない。  どんよりと落ち込んだまま、ソファーに腰を沈め深く深く溜息を吐いた。

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