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第2話

「……お兄ちゃんて意外と健気よね……」 「……何とでも言ってくれ……」  美月は子猫を抱きかかえながら呆れた表情で兄を見ていた。  今、美月は実家で生活をしている。ダーツ時代のマンションは事務所が契約していたものなので、そこを出て実家に戻ってきているのだ。  実家に猫はいない、だが、親戚の家でこの春子猫が産まれ貰い手を捜していると随分前から聞いていたのを樹は思い出した。そして、子猫を貰い受ける事にしたのだ。  その子猫たちが今実家にいる、雑種の子猫は一匹が黒と白のぶちで、もう一匹は赤茶の子猫だ。まだ小さいその子猫は食後とあってかすやすやと美月の膝の上で眠っていた。 「でも、いいなぁ……可愛いよね、猫、私も欲しかったなぁ……」  父が猫アレルギーなので、実家で飼う事は出来ない。樹が猫を受け取る為に実家に持ってきて貰ったが、帰ったらきっと念入りに掃除機を掛けなければならないだろう。空気洗浄器もフル稼働だ。  美月の白い指が子猫の頭をよしよしと撫でる。微笑ましいその光景についでれっと見入ってしまう。 「でも、お兄ちゃんなんで二匹にしたの?大変じゃない?」 「一匹だとあいつの友達と同じだからな、二匹じゃないとうちに寄ってくれないだろ」  真剣な表情の樹に、美月は呆れつつも納得した。そして考えると一つ提案をしてきた。 「……そういう事ね……でも、正直に言っちゃだめよ、そうね……一匹だと寂しいだろうから二匹にしたとか言うのよ」 「あ、それいいな」 「……はぁ……」 「何だよ」  美月の此れ見よがしな溜息にむすっとした表情を作るも、それは情けなくもポーズだけである。妹と子猫という構図が樹の表情筋を緩ませているので仕方ない。 「別に、なんか、かわいいなーって思って」 「……かわいいってな、あのな、こっちは真剣なんだぞ」 「そうなの?」 「そうだろ、優志とは幾つ歳が離れてると思ってんだ、猫位安いもんだ」  多分これが猫ではなく別のペット、例えば可愛さの理解出来ない爬虫類だったとしても、樹は優志の為に購入するだろう。そんな意気込みが伝わったのか、美月は苦笑を浮かべた。 「……ホント、健気ね……」  呆れつつも生ぬるく、そしてちょっとだけ微笑ましい、そんな複雑な呟きだった。  犬は散歩があるが、猫はそれがない。割と放置していても大丈夫だ、そんな話を聞いたから樹は舐めていたのかもしれない。ペットを飼うという事に。  産まれてから二ヶ月、元々トイレなどの躾はついていると聞いていた。だが、最初のうちは新しいトイレに慣れないのか、粗相をする事もしばしばあった。  更にやんちゃな盛りが二匹もいるのだ。リビング、書斎、寝室は猫達の良い遊び場となり、家の中は散らかり放題だ。 「……そりゃ、元々キレイな部屋じゃないけどな……」  独白も虚しい。樹はあちこちにちらかったティッシュペーパーの紙片を拾いながら、部屋の中を見回した。 「……はぁ」  溜息も何度目か分からない。  どうやら子猫は(どちらかは分からないが、というか二匹共にかもしれない)ティッシュペーパーがお気に入りらしく、部屋の中にある箱ティッシュから紙を抜き出し遊び捲くったようだ。しかも、全部の部屋のものをだ。  更に書斎に積んであった資料の紙束や書籍は崩れ、噛み付き後などが散見される。洗濯物も放置していたのがいけなかったのか、ぐちゃぐちゃになっている。 「……半日留守にしてこれかよ……」  急いでいた為、ちゃんと各部屋のドアを閉めていかなかった自分も悪い、だが、こんなに散らかされるとは思ってもみなかった。  今日で一週間、漸くトイレは慣れたのかおかしな所でしたりはしなくなったが、悪戯は止められないようだ。 「はぁ、お前らな……よじ登ってくんな」  片している樹の足からよじ登るのが好きなようで、よく体中に張り付かれる。しかも子猫の爪は痛いのだ。  生傷が絶えないのだが、それでも無理矢理引き剥がす事はせず好きなようにさせている。そうするとたまに頭の上の方まで登ろうとしているので、肩まで来たら下ろす事にはしていたが。  一通り片付けが終わると、猫達も遊びつかれたのかクッションの上で二匹くっついて丸くなっていた。 「寝てると可愛いんだけどな……」  手の平よりも少し大きい位の子猫達。二匹が寝ている姿は本当に可愛らしく、先程まで片付けさせられたいた苦労も忘れてしまえる程だ。  早くこいつらを優志に見せてやりたいな……。  来月から舞台が始まるらしく、今は毎日稽古に励んでいるらしい。初めての時代物なので、殺陣稽古中だと電話で言っていた。  生傷絶えないとも言うし、大きな怪我などしなければいいと樹は心配していた。  だが、楽しそうに稽古の様子を話す優志の頑張っている姿を思うと、応援したくなる。着流しでちゃんばらをする優志もいいな、というか、着物っていいな、などと妄想を拡げているとは知らずに優志は舞台を見に来てほしいと誘ってきてくれた。  勿論行きたい。なるべく時間を作って通うおうと思う。全通とか言ったらひかれそうだったので、そんな事は言わなかったが。  来週になれば仕事が落ち着くと言っていた、稽古はあるが一日ゆっくりできるオフもあるとの事だ。オフの前日泊まりに来る約束になっている。  まだ猫を飼った事は秘密にしてある、驚かせようと思っているから言ってないのだ。  そわそわとした気持ちを抱きながら、樹は来週が来る事を待ち侘びていた。

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