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短編3
時計をちらちらと見て優志は躊躇いがちに口を開いた。
「あの、オレ、そろそろ……帰る、ね……」
「ん?あぁ……そうか……」
そろそろ終電の時刻、それはわかっていたが樹は優志が泊まるものだと思っていたので、内心少しだけ驚いた。
だがそれを顔には出さずに、だけど少しだけ残念だという表情を浮かべカレンダーへ視線を流した。
「次はいつ来る?」
「……んと……」
壁に掛けられている大判のカレンダー(勿論ダーツのカレンダーだ)に優志も目を遣りつつ考え込む。
次いつ来るかよりも本当はもっと考えて欲しい事がある。これは自分が言わないといけないのだろうか、何て思いながら樹は優志の横顔をそっと見つめた。
恋人になって数ヶ月が過ぎた。まだ蜜月と言ってもいいし、実際2人きりの時は甘い雰囲気になる。
だけど、と思う。
もう少し分かりやすく甘えてくれてもいいと思う。
今だって、きっと本当は泊まっていきたいのだ。だけど、もしかしたら明日の予定の事とか、昨日泊まっているのに今日また泊まるのは図々しいからとか、そして自分の予定よりもオレの締切の事とかを考えてしまっているのだろう優志は。
だから何も言えずに、だけど、出来ればオレから言って欲しいというオーラーを出しているのだ。まぁダダ漏れな訳だが。
出来ればそこは言って欲しい、甘えて欲しいというのが本音だ。
でも、まだそれは優志にはハードルが高いのかも知れない。恋人として付き合うのはオレが初めてだという話だし、体だけの付き合いが長かったからか変な遠慮がまだ抜けきれないのかも知れない……。
「優志」
「……あ、えっと、ごめん、多分週末には……来れるかな……明日、打ち合わせあるから……またちゃんと連絡するね……」
「明日は早いのか?」
「ううん、早くはない……」
「じゃあ、部屋に帰る時間は取れるな、なら今晩も泊まっていったらどうだ?もう遅いし、帰って寝るだけならオレの部屋で寝ていったっていいだろ」
「……いいの……?」
「勿論」
「……お仕事、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「……じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」
はにかむように笑うと、優志は樹に擦り寄るようにして肩に頭を乗せてきた。スキンシップは好きなのに、どうして今日も泊まってもいいの?と一言聞けないんだろう。
遠慮しなくていい、とかもっと甘えてくれ、とか言えばいいのかも知れないけれど。言わなくても気付いて欲しい。
いや、それよりも慣らせばいいのかもしれない。
甘えてくれないのなら、甘やかせばいいのだ。ドロドロに溶けてしまうように、甘く溶かしてしまえば。
「優志……」
殊更低く、甘く囁けば優志の表情に期待が浮かぶ。その期待通りにキスを落とせば、直ぐにもっと、と強請るように唇が追いすがる。
その唇を塞ぎ、腕を伸ばしてぎゅっと細い体を抱きしめる。
多分、優志と同い年、もしくはもっと近い年齢だったらきっと面倒臭いと思っていたに違いない。
はっきりと口に出してくれ、とかイラついてしまったかもしれない。いや、多分、イラつく。
だけど、今はこんな風に泊まりたいと言う事すら躊躇ってしまうような優志が可愛いと思う。
「年が離れていてよかったな……」
「え……そう?」
「あぁ、オレはそう思うよ」
「……んー……若い子が好きって事?」
「いや、そうじゃないけどな……何だろう、お前が可愛いって事かな」
「……意味分かんないんだけど……」
拗ねたように唇を尖らせてみるものの、優志の表情は照れているだけのそれだ。クスリと笑って、その尖った唇を優しく指でなぞる。
「お前は分からなくてもいいよ」
「……ずるい……」
柔らかい感触を指先ではなく、唇で楽しむようにまたキスをした。
完
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