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短編10
「孝介さんこの後何か予定ありますか?」
「ん……別にないけど……」
「じゃあ、御飯行きましょーよ、この間樹さんと行ったお店美味しかったんで、また行きたいと思ってたんです」
「へー、いいぜ、何の店?」
「えっと、海鮮?生牡蠣食べました」
「あぁ、牡蠣美味いよな」
「はい、じゃあ、そこ行きましょう」
別段怪しい気配もなかったので、孝介は優志と共に海鮮居酒屋に行く事にした。
料理は上手かったし、何故か優志が奢ると言うのでたまにはいいかなと思って黙って奢られる事にした。
「いつもお世話になってますからー、あ、で、明日もし時間あったら買い物付き合って欲しいんですけどー」
「あー、買い物?いいぜ、夕方なら時間あるけど」
「はい、じゃあ、明日また連絡しまーす」
少し飲むペースが早かった、多少酔っていたという事もある。その時に自覚はなかったが。
後悔するのはいつだって事が起こってからなのだ。後で悔いるとかいて後悔、読んで字の如く。
奢りにつられた自分が恨めしい、というか、優志如きに乗せられたという事実も腹立たしい。
だけど、もう遅いのだ。
後悔するのはいつだって事が起こってからなのだ……。
***
翌日、買い物に付き合って欲しいと言う優志と待ち合わせたのは夕方の新宿。昨晩も新宿で飲んだので、二日続けてという事になる。
今日もこのまま夕飯は一緒に食べる事になっているが、その前に買い物だ。
「で、何が欲しいんだよ」
「はい、稽古着なんですけど……」
「稽古着?」
「はい」
新宿駅に隣接する駅ビルのひとつに二人はいた。しかし、どう見ても稽古着が売っているようなフロアではない。
何故ならそのフロアにはレディースブランドしか入っていないからだ。
「……この階にはなくないか?」
「いいんです、この階で」
「……?」
自分の記憶違いで新しくメンズも入ったのか、それともメンズを扱っているレディースブランドがあるという事か。
優志の後についてフロアを回る事にしたのだが、優志が入っていった店を見て孝介は固まった。
「……」
通路に面して置いてあるマネキンは、半袖のワンピースを着て客達を見下ろしている。どう見たって女性用の服しか置いてないように見える。
「……おい……」
「はい?」
「誰の稽古着だ?」
「自分のです」
「……は?」
フロアに入り込んできた男二人に、ちらちらと遠慮がちな視線が飛ぶ。明らかな好奇心に孝介は居た堪れない気持ちになった。
優志を引きずり出そうとした所で店員の一人が話掛けてきた。
「何かお探しですか~?」
ニコニコとした笑顔は流石と言える。
こんな野郎二人の買い物胡散臭いと思わないのかと思ったが、店員の口から出た言葉に孝介はなる程と思わされた。
「彼女さんへのプレゼントですか?」
そうか、そう見えるのか、と。
しかし優志は稽古着と言っていた、優志はなんと答えるのかと孝介は見守った。
「えっと、ワンピース?っていうんですか?タンクトップの長いやつ」
優志が見ていたのはスカートが掛かったハンガーだった、そこにはシャツワンピースなども掛かっている。だが、探し物は別にあるらしい。
「はい、それでしたらこちらはいかかがでしょうか?」
店員が持ってきたのはコットン素材のマキシワンピだ。カラーバリエーションも豊富だという事で5色持ってきた。
「一番人気はこちらのピンクです」
「へぇー可愛い……」
「こんな感じでキャミソールと合わせたり、今の時期上にシャツを羽織って頂いてもいいですね」
電車や店内は冷房効いてますしねー、と続き相槌を打つ。店員は近くにあったシースルー素材のオフホワイトのシャツを合わせてくれた。
「そうですか、あ、何か花柄のとかあります?」
「はい、それでしたら……」
店員はにこやかに去っていく。その隙に優志を店の外に引っ張り出すと、孝介は小声でどういう事だと詰問した。
「稽古着って言ったよな?!」
「はい」
「プレゼントなのか?!」
「違います、ワンピースならサイズ気にしなくてもいいかなーって」
「は?」
「お客様、こちらは……」
店員が通路に顔を出す。手に持っているのはスカートのようだ。
「こちらはスカートとしても、ワンピースとしても使える2ウェイのマキシワンピです」
優志の希望通りの花柄のワンピースだ。ペチコートの裾にはレースを使ってあり、スカートが動く度にちらりと覗く。ワンピースの色は淡い色から原色まで様々だが、どれも小花柄だった。
「あ、こっちがいいかな、女の子っぽいかも」
「そうですね、こちらも人気で雑誌掲載商品となっております」
「そうなんだ……じゃあ、これにしようかな……孝介さん、色どれがいいですかね?」
「……誰にプレゼントなんだ?」
不審な顔で聞く幸介に対し、優志は真面目に答えた。
「ゆっこちゃんです」
「……ゆっこちゃんね……」
ゆっこちゃん、と言いながら優志を睨み付けるが効果はないようだ。
「ゆっこちゃん、花柄とかレースとか好きなんでー……色はどうしようかなぁ……」
「そうなんですか、いつもどんなお色とか着られています?お好きな色とかあれば……」
「えーと、ブルーとかよく着てるんですけどー、ピンクとか……も、好きなんで……ピンクとかオレンジとかが欲しいんですけど」
「ピンク可愛いですよね、こちらのベビーピンクも可愛いですし、こちらのオレンジも夏っぽくてオススメですねー」
「あー、いいですね、オレンジ……でも、こっちのピンクの方が女の子っぽいかなぁ」
孝介の冷めた視線も気付かずに、優志は店員と盛り上がっている。孝介はもう嫌な予感しかしなかった。
ピンク色のワンピースのハンガーを自分に当て、くるりと孝介の方を振り返る。まるで自分が着るような当て方だったが、幸い店員には気付かれていないようだ。
「孝介さん、これ、どうです?」
馬鹿優志と罵りたくなった孝介だったが、根性で引き攣りそうになる顔面をにこりと笑顔にキープし一言。
「好きにしろ」
「じゃあ、これ下さい、あとこれに合うさっきのみたいなシャツも」
「はい、ありがとうございます」
店員は満面の笑みで答えた。
***
「で……なんだ、あれは……罰ゲームか?」
「罰ゲーム?」
「稽古着にワンピースって……なんだよ、お前次の役女なのか?」
「いえ、男の娘です」
真顔で言うなと言いたい。むしろお前男の娘って意味分かって言っているのかと聞きたい。
「……稽古着まで女の格好にするのか?」
「前に言われたんです、時代物の時は稽古の時から着物で稽古しろって、だから今回はスカートでしようって思って、そしたら早速大智君がスカート履いてきて……」
「だいち?」
「塚田大智君、知ってますよね?」
「大智か!ばっか、アイツの真似なんかするな……!」
「えー、でも可愛い服着てきたらそれ衣装として使ってもいいって、演出の先生に言われて」
「……へぇ……」
「で、盛り上がっちゃって、じゃあ誰が一番可愛い格好してくるかって……」
「お前ら馬鹿だろ……」
「えー、そんな事ないですぅー、でもこれでオレが一番可愛いっすね、絶対これ可愛いし」
にこにことした笑顔で手元のショッピングバッグに視線を送る。そんな優志を呆れた視線で見つめ、疲れたように呟く。
「……いや、お前馬鹿だ……」
「褒め言葉ですよね?」
「……ポジティブだな」
そうは言ったものの、芝居馬鹿になりきっている優志を少しだけ褒めたのも事実だ。
女役を演じる時の為、自前のスカートを持っているという役者はいるものだ。自分で買いに行くという勇気と、その心意気を褒めてもいいと思う。
「だけどな、買うなら自分一人で行けよ」
「えー、恥ずかしいし」
「恥ずかしがってねぇだろ、ノリノリだっただろお前」
「だって、可愛いの欲しかったし」
「……お前な、通販ていう手段は思いつかなかったのか?」
「あ!」
やっぱり馬鹿だと孝介はしみじみと思った。
しかし本番を観に行き、男の娘を見事に演じている優志を見て、少しだけ敬意を払ってもいいかと思い直したのだった。
完
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