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第7話
「……恋って難しいね」
「ん?どうした?」
「……ううん、何でもない……」
解放されたというのに、優志は樹の胸に額を押し付けるようにして背中に腕を伸ばした。
もぞもぞと動く優志の動きはまるで子供みたいで、今度は加減した力でその体を抱きしめた。
「優志」
「何……?」
「ゴムはオレが持ってくるよ、あと、パジャマと下着と着替え……そうだな、オレ用の食器もあるといいな」
「……え?」
「オレの部屋にはあるのに、この部屋にはないだろ?だめか?」
「ううん、だめじゃない……いいの……?」
「あぁ……揃えて欲しい……同じにしよう」
優しい瞳で見つめられ、優志も同じように見つめ返す。
「うん」
「……同じって事は、何かないものがあるよな?」
「……ないもの?」
「あぁ……」
何だろう、ヒントはないかと樹を見れば思いの他真剣な顔だ。という事は樹にとって大事な物、自分が樹の部屋に置いてある物ってなんだっけ……?
「あ、歯ブラシか!お客さん用しかないや、それも揃えなきゃ」
「……そうだな、それもだな」
「……え……あ、あとは……」
何かあっただろうか?
暫く考え込み、漸く思い付いたのは「枕」だった。そういえば持ち込んだ。だが、樹の求める物はそれではなかった。
そうなると、一体何だろう?
同じというのはオレが樹さんの部屋に持ち込んでいるのと同じ物、じゃなくて、樹さんの部屋にある物で、ここに同じ物を置きたいって事?
「……えっと、そっか!ごめんね、オレ、ダーツの物何もないや……」
「………優志、どうしてそこでダーツが出てくるんだ?」
いまだアイドルグループ「ダーツ」のファンである樹なので、それが正解だと思ったのだ。ダーツ関連の物は樹の部屋に溢れているから今度こそ正解だと思ったのに。
正解は一体何だろう?
「わからないのか?!」
呆れたのだろうか、それとも怒っているのだろうか。悲壮感すら漂う声音だった。
「だ、だって……もう、ないと思うんだけど……」
「……ここへはお前と一緒じゃないとオレは来れないって事か?」
「……え?一緒、っていうか……もし、来たいと思ってくれるならいつでも来て貰って大丈夫だよ」
「……うん、そうか……」
落胆したような樹の顔にある物が浮かんだ。
「……あ、あー、ごめん、えっと、あ、でも、今、ない!」
「分かったのか?」
「……うん、合鍵、でしょ……?明日、作るね」
「貰ってもいいんだよな?」
「勿論……その、いつでも……来ていいからね……」
「あぁ……ありがとう」
合鍵を貰っていたのに、自分の部屋の鍵を渡していなかったという事に、今初めて気付いた。
樹がこの部屋に来る、という事を考えた事がなかったからだ。いつも自分が会いに行っていた、それは樹に会いたいから。
樹も同じように自分に会いたいと思っていてくれたという事だ。鍵があればいつでも会いに来れる、いつでも樹の元に。
部屋の中、というよりも自分の中に招き入れるのと同じ……どうして気付かなかったのか。
……自分ばっかり樹さんを好きだと思っているからかも知れない……。
反省と自責を込めて樹に謝る。
「ごめんね……」
「……いいよ、分かってくれれば」
「うん……」
分かったのは樹の気持ち。自分だったら、きっと悲しい。だって鍵を渡したのに、相手の鍵を貰えないなんて。
「……いっぱい、言ってくれる……?」
「何を?」
「……好きって……オレの事、好きって……だって……その、信じているよ、でも、まだたまに……恋人なのが、信じられない……だから……」
「そうだな、オレがこんなに愛してるのに、お前はちっとも理解してないみたいだからな」
「ちっとも、じゃないし、分かってるよ、分かってる……」
「……好きだよ」
「……ううう、でも、恥ずかしい……」
「いいよ、オレはお前が恥ずかしがってるの見るの嫌いじゃないし、もっと見たいしな、言いまくろう」
「ど、どんな羞恥プレイだよ、見るの嫌いじゃないとかって、もう!」
「お前は可愛いな、ホント」
「……」
真っ赤になった顔を樹の胸に押し付ける。クスクスと降るのは楽しそうな樹の笑い声。
恋愛って難しい。まだまだ恋人らしくないかもしれないけれど、いつか、何の不安もなく樹の隣を歩く日が来るのだろうか。想像出来ないけれど。
それでも、そんな日が来るとしても、言い続けられたらいい。
いつだって、あなたが好きだと、言葉に。
「……好き」
「恥ずかしいんじゃなかったのか?」
「言うのはいいの……」
「そうか、じゃあ、もっと言ってくれ……言ってもいいけど、言われるのはいいな」
「……オレも聞きたい」
「どっちなんだよ」
呆れたような声だったけれど、その後に囁かれた言葉は今日一番優しくて、だから優志も今日一番の気持ちを乗せ言の葉を唇に。
「好きだよ」
「……オレも、樹さんが好き……」
「おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
明日は合鍵を作って、それから樹の歯ブラシと、食器を買いに行こう。楽しい計画を胸に、優志は瞼を閉じた。
完
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